ぶらぶら人生

心の呟き

北原白秋の歌

2006-04-27 | 身辺雑記

 岡井隆編「集成・昭和の短歌」(小学館)
 北原白秋(1855~1942)<北原隆太郎選>より

 白秋の歌といえば、忘れられないのが次の歌である。

 春の鳥な鳴きそ鳴きそあかあかと外の面の草に日の入る夕べ

 
中学校の二年生の時だっただろうか。
 国語の時間、いつもの如く、視線を遥か遠くにさまよわせるような表情で、教室に入ってこられた女の先生は、いきなり用紙を配られ、黒板に上記の白秋の歌を書かれたのだった。いかにも文学者らしい雰囲気をたたえた先生で、文字にも一癖あるのが、少女にとっては魅力的だった。
 先生は急用が出来たので、今日は自習にする、この歌から受けるイメージを何でも自由に書くように、そうおっしゃって教室を出て行かれたのだ。

 その時、何を書いたかは覚えていない。当惑しながら、暗誦にいたるまで歌を口ずさみ続けたことだけは、鮮明に覚えている。
 <な鳴きそ鳴きそ>が分からなかった。文法で<な~そ>の用法さえ習っていたら、わけなく歌の意味を解することだけは出来たであろう。が、それは未習の用法であった。
 意味を理解しても、その背後にある白秋の心情までは察することが出来なかったであろうけれど。私は精神的に幼い子だったと、昔を思い起こすごとに自分を振り返る。
 白紙を出した覚えはない。理解できる単語から、適当に情景を描写したのだろう。白秋の歌とは無縁のことを。
 先生が、後日、歌の説明をなさった記憶はない。時折お見せになった、はにかんだような笑みを浮かべながら、みんなの作文を読まれたのか、どう処理されたのか、そんなことも分からない。
 何をどう書いたらいいのか分からず困惑したこと、そして、白秋のこの歌を生涯忘れえぬ歌として、心に刻みつけたことだけが、思い出として今に残っている。
 勿論、その懐かしい女の先生は、とっくに鬼籍の人である。

 ここまで書いて、「日本名歌集成」を開いてみると、「春の鳥……」は、<明治41年7月4日、森鴎外宅で開かれた観潮楼の月例会で発表されたもの>で、<第一歌集「桐の花」(大正2年)の巻頭歌>と記されている。一つ賢くなった。

ここに聴く遠き蛙の幼なごゑころころと聴けばころころときこゆ
白南風(しらはえ)の光葉(てりは)の野薔薇過ぎにけりかはづのこゑも田にしめりつつ                 (以上二首は、「白南風」<昭和9年>より)
照る月の冷(ひえ)さだかなるあかり戸に眼は凝らしつつ盲(し)ひてゆくなり
月読(つきよみ)は光澄みつつ外(と)に坐(ま)せりかく思ふ我や水の如かる
高空に富士はま白き冬いよよ我が眼力(まなぢから)敢(あへ)なかりけり
火のごとや夏は木高く咲きのぼるのうぜんかづらありと思はむ
                   (以上四首は、「黒檜」<昭和15年>より)
 

 晩年の白秋は、視力を失い薄明の世界の人となった。「黒檜」の四首は、その状況下で読まれた歌である。
 この選者は、理由は分からないが、あえて初期の歌集からの選を避けている。この本には取り上げられていない歌で、「春の鳥……」と共に、私が好んで口ずさんできた歌を記しておくことにする。

 病める子はハモニカを吹き夜に入りぬもろこし畑の黄なる月の出
 草わかば色鉛筆の赤き粉のちるがいとしく寝て削るなり
 君かへす朝の舗石(しきいし)さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ
 手にとれば桐の反射の薄青き新聞紙こそ泣かまほしけれ
(以上「桐の花」より)
 石崖に子ども七人腰かけて河豚を釣り居り夕焼小焼   (「雲母集」より)
 飛び上がり宙にためらふ雀の子羽たたきて見居りその揺るる枝を
 この山はたださうさうと音すなり松に松の風椎に椎の風
 昼ながら幽かに光る蛍一つ孟宗の藪を出でて消えたり
 大荒れのあとにしみじみ啼きいづるこほろぎのこゑのあはれさやけさ

                                    (以上「雀の卵」より)

コメント (3)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« シャガの花 | トップ | 高島と永井隆の歌 »
最新の画像もっと見る

3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
失礼します。 (はるか)
2006-08-04 11:27:40
はじめまして。失礼しています。

とある中学生のものです。2年生です。



「石崖に子ども七人腰かけて河豚を釣り居り夕焼小焼」について調べるという夏休みの課題があるのですが、

で検索したらここに来て・・・



という理由でここにきまして、

「石崖に子ども七人腰かけて河豚を釣り居り夕焼小焼」っていうのは「集成・昭和の短歌」に載っているのですか?

短歌っていうのは一つ一つにタイトルがないので、どの本に載っているかもわからない。しかも、載っているだけで解説か何かがないと意味がない。

この歌は結構マイナーなので調べにくいんですよ。

ということで、情報の提供をお願いしたいわけなんですが・・・



本当にすみません。
返信する
石崖に…の歌について (ふゆ)
2006-08-04 17:09:26
 夏休みでも、宿題があって大変ですね。

 私はブログを始めて、まだ五か月目。それなのに、中2で、こういう質問をよこせることにまず感心しました。

 「石崖に…」の歌は、「集成・昭和の短歌」には載っていません。下の方に色違いで書いた歌は、私自身があなたと同じ年齢の頃から、好きで口ずさんだ歌です。

 この歌は、大正四年に発行された「雲母集(きららしゅう)」に出ているものです。当時作者は、三崎(三浦半島)の向ケ崎に住んでいて、そこで詠んだもののようです。

 結句の「夕焼小焼」が、童謡風ですね。眼に見えるような状景で、歌の意味は分かりやすい方でしょう。あなたの感性で、想像をし、鑑賞を楽しんでください。絵になる光景でもありますね。私にお答えできることは、以上です。が、他に聞きたいことがあったら、連絡ください。

 よい夏休みをお過ごしください!

 
返信する
ありがとうございます。 (はるか)
2006-08-04 18:02:21
きららしゅう ですか。

(うんも集だと思ってた・・・)

わかりました。載っていないのですね。
返信する

コメントを投稿