29日は、新国立美術館へ。
(今年は美術館の外に出なかったので、内部構造をカメラに収めた)
今開催中の<日展>を見る気は、全くなかった。
選考のあり方が問題視されたことだけでなく、かつての体験から、作品の多さに辟易の思いが強かった。
「ゴッホ、スーラからモンドリアンまで」<印象派を超えて 点描の画家たち>展を見た。
知らない画家の絵も多かった。
展示会場を回っているうちに、次第に落ち着かなくなった。
足の疲れが、我慢ならなくなったのだ。
右足裏の指の付け根が痛い。
それをかばっていると、左足まで不調となった。
とにかく、靴を履き替えたくなった。
買い求めるしかない。
東京駅に引き返し、大丸の靴売り場に行った。
店員の説明によると、靴の幅が広すぎるらしい。
私の履いていたのは、<4E>。
店員の勧めは、<3E>であった。
それに履き替えて、生き返る思いだった。
今まで、靴を求めるとき、長さだけに気を使ってきた。
が、この年になって、幅も考えて靴選びをすることの大切さを知った。
その後は、痛みを忘れて歩くことができるようになった。
しかし、体全体に老いを感じる旅であったことは確かである。
さて、来年はどうなることやら?
自信と、自信のなさは、半々。
明日のことは、何一つ分からないのが、人の世である。
なるようにしかならないと思い定めて、一日一日を歩むしかない。
(今年は美術館の外に出なかったので、内部構造をカメラに収めた)
今開催中の<日展>を見る気は、全くなかった。
選考のあり方が問題視されたことだけでなく、かつての体験から、作品の多さに辟易の思いが強かった。
「ゴッホ、スーラからモンドリアンまで」<印象派を超えて 点描の画家たち>展を見た。
知らない画家の絵も多かった。
展示会場を回っているうちに、次第に落ち着かなくなった。
足の疲れが、我慢ならなくなったのだ。
右足裏の指の付け根が痛い。
それをかばっていると、左足まで不調となった。
とにかく、靴を履き替えたくなった。
買い求めるしかない。
東京駅に引き返し、大丸の靴売り場に行った。
店員の説明によると、靴の幅が広すぎるらしい。
私の履いていたのは、<4E>。
店員の勧めは、<3E>であった。
それに履き替えて、生き返る思いだった。
今まで、靴を求めるとき、長さだけに気を使ってきた。
が、この年になって、幅も考えて靴選びをすることの大切さを知った。
その後は、痛みを忘れて歩くことができるようになった。
しかし、体全体に老いを感じる旅であったことは確かである。
さて、来年はどうなることやら?
自信と、自信のなさは、半々。
明日のことは、何一つ分からないのが、人の世である。
なるようにしかならないと思い定めて、一日一日を歩むしかない。