2か月ぶりにM歯科医院へ行った。
定期の検診を受けるために。
入り口の鉢に、ガーベラの花が咲いていた。
赤いガーベラ。
赤いガーベラは、死別という哀しみを思い出させる。
遠い日の想い出とともに。
下関のレストランでのことだった。
テーブルの花瓶に、赤いガーベラが挿してあった。
何用で下関に行ったのかは思い出せないけれど、同席の亡き師から聞いた話だけは、鮮明に覚えている。
<母親と永訣した病室に、赤いガーベラが挿してあってね。この花をみると、母の末期(まつご)を思い出すのだよ>
師が、ガンでご母堂をなくされて間もない頃であり、私は 20歳になったばかりの若き日のことである。妙に閑散としたレストランの雰囲気も、忘れ難いシチュエーションとして、記憶に刻まれている。
そのとき以来、ガーベラは死別の悲哀と深く結びつくようになった。
今日の赤いガーベラも、私の心には、哀しみの色にしか見えないのだった。
あの日から50余年を生き、実に多くの大切な人たちと永訣した。
元気で今を生きていることは、喜びには違いないけれど、年年歳歳、赤いガーベラの花は、須臾の哀しみを誘う。
病院の受付台には、季節の花が無造作に活けてあった。
皐月のさわやかな花々。
定期の検診を受けるために。
入り口の鉢に、ガーベラの花が咲いていた。
赤いガーベラ。
赤いガーベラは、死別という哀しみを思い出させる。
遠い日の想い出とともに。
下関のレストランでのことだった。
テーブルの花瓶に、赤いガーベラが挿してあった。
何用で下関に行ったのかは思い出せないけれど、同席の亡き師から聞いた話だけは、鮮明に覚えている。
<母親と永訣した病室に、赤いガーベラが挿してあってね。この花をみると、母の末期(まつご)を思い出すのだよ>
師が、ガンでご母堂をなくされて間もない頃であり、私は 20歳になったばかりの若き日のことである。妙に閑散としたレストランの雰囲気も、忘れ難いシチュエーションとして、記憶に刻まれている。
そのとき以来、ガーベラは死別の悲哀と深く結びつくようになった。
今日の赤いガーベラも、私の心には、哀しみの色にしか見えないのだった。
あの日から50余年を生き、実に多くの大切な人たちと永訣した。
元気で今を生きていることは、喜びには違いないけれど、年年歳歳、赤いガーベラの花は、須臾の哀しみを誘う。
病院の受付台には、季節の花が無造作に活けてあった。
皐月のさわやかな花々。