昨日は西谷から妙蓮寺駅まで歩きました。
途中聴いたのは、ホルストの管弦楽付きの歌曲である。
「夢の都市」作品48(H174)は、1929年に作曲されたもので、
原曲は「ハンバート・ウルフによる12の歌」である。
コリン・マシューズがこの中から10曲を選び、管弦楽版に編曲した。
したがって、この作品をホルストの作品とするのも問題はあるが、
ここでは原曲と比較した管弦楽版の違いに触れていく。
聴いたCDは、パトリツィア・クェルラのソプラノ、ヒコックス指揮、
シティ・オブ・ロンドン・シンフォニアの演奏のものである。
なお、原曲のCDはバリトンの歌唱によるものであったが、
この作品ではソプラノの独唱となっている。
また、管弦楽版では曲の全体は三部に分かれ構成されている。
第一部は第1曲から第4曲までとなっている。
第1曲「ペルセポネ(Persephone)」は、ギリシア風というより、
もっと東洋的な雰囲気をただよわせた管弦楽となっている。
第2曲「より美しい人(Things Lovelier)」は、原曲と同じく、
管弦楽の伴奏は控えめな感じになっており、耽美的である。
第3曲「この妖精の国にて今(Now in These Fairylands)」は、
おだやかな牧歌風な感じは、木管楽器の扱いからみることができる。
第4曲「小さな音楽(A Little Music)」は、管弦楽化されると、
やはりサティの音楽に近い感じが強調される印象的である。
第二部は第5曲から第7曲までとなっている。
第5曲「花の盗人(The Floral Bandit)」は、冒頭のピアノの
速い伴奏の部分がフルートと弦楽器により表現されている。
中間部のピアノが対位法的な動きをみせるところは、
チェレスタなどを効果的に使い、再び冒頭の速い音楽となって終わる。
第6曲「夢の都市(The Dream City)」は、夢の中のさまよう感じを
木管楽器が表現していき、中間部で伴奏はいったん途切れる。
そして弦楽器が再び入り、フルートなど木管楽器も加わる。
この辺の音楽も少し東洋風な感じがやや強調された感じである。
第7曲「使者(Envoi)」は、弦楽器中心に幻想的に演奏していく。
歌はドラマティックになるのだが、それを管弦楽が支えていく。
クライマックスのところでトランペットなど金管楽器が鳴り響き、
最後はそれが鳴り響いた中で華やかな感じで終わる。
第三部は第8曲から第10曲までとなっている。
第8曲「詩歌(Rhyme)」は、軽やかな感じを弦楽器と木管楽器で出し、
ハープも加わり、やや神秘的な部分も加えている感じがする。
第9曲「旅の終わり(Journey's End)」は、フルート・ソロから始まり、
弦楽器と金管楽器がそれを引き継ぎ、歌が入るのだが、
ゆったりとしたピアノの感じは弦楽器が表現している。
第10曲「ベテルギウス(Betelgeuse)」は、低弦により重々しく始まる。
管弦楽は神秘的な感じをただよわせ、東洋風な部分も感じる。
チェレスタなども活躍し、組曲「惑星」の「海王星」を思わせる部分もある。
荒涼とした感じが管弦楽版では表現され、歌も神秘的に歌って終わる。
このコリン・マシューズによる編曲版であるが、私にはしっくりはこない。
ピアノ伴奏による原曲と比較して聴いてみるのがいいのだが、
東洋的な響きが強まり、この時期のホルストの音楽からはかけ離れている感じだ。
おそらくホルストがこれに管弦楽を付けたならば、こうはならなかったと思う。
マシューズによる管弦楽化はある部分では原曲の感じを生かしているが、
これをホルストの作品として楽しむことは私にはできない。
何かどうしても違和感を抱いてしまうので私は原曲を聴く方をすすめたい。
途中聴いたのは、ホルストの管弦楽付きの歌曲である。
「夢の都市」作品48(H174)は、1929年に作曲されたもので、
原曲は「ハンバート・ウルフによる12の歌」である。
コリン・マシューズがこの中から10曲を選び、管弦楽版に編曲した。
したがって、この作品をホルストの作品とするのも問題はあるが、
ここでは原曲と比較した管弦楽版の違いに触れていく。
聴いたCDは、パトリツィア・クェルラのソプラノ、ヒコックス指揮、
シティ・オブ・ロンドン・シンフォニアの演奏のものである。
なお、原曲のCDはバリトンの歌唱によるものであったが、
この作品ではソプラノの独唱となっている。
また、管弦楽版では曲の全体は三部に分かれ構成されている。
第一部は第1曲から第4曲までとなっている。
第1曲「ペルセポネ(Persephone)」は、ギリシア風というより、
もっと東洋的な雰囲気をただよわせた管弦楽となっている。
第2曲「より美しい人(Things Lovelier)」は、原曲と同じく、
管弦楽の伴奏は控えめな感じになっており、耽美的である。
第3曲「この妖精の国にて今(Now in These Fairylands)」は、
おだやかな牧歌風な感じは、木管楽器の扱いからみることができる。
第4曲「小さな音楽(A Little Music)」は、管弦楽化されると、
やはりサティの音楽に近い感じが強調される印象的である。
第二部は第5曲から第7曲までとなっている。
第5曲「花の盗人(The Floral Bandit)」は、冒頭のピアノの
速い伴奏の部分がフルートと弦楽器により表現されている。
中間部のピアノが対位法的な動きをみせるところは、
チェレスタなどを効果的に使い、再び冒頭の速い音楽となって終わる。
第6曲「夢の都市(The Dream City)」は、夢の中のさまよう感じを
木管楽器が表現していき、中間部で伴奏はいったん途切れる。
そして弦楽器が再び入り、フルートなど木管楽器も加わる。
この辺の音楽も少し東洋風な感じがやや強調された感じである。
第7曲「使者(Envoi)」は、弦楽器中心に幻想的に演奏していく。
歌はドラマティックになるのだが、それを管弦楽が支えていく。
クライマックスのところでトランペットなど金管楽器が鳴り響き、
最後はそれが鳴り響いた中で華やかな感じで終わる。
第三部は第8曲から第10曲までとなっている。
第8曲「詩歌(Rhyme)」は、軽やかな感じを弦楽器と木管楽器で出し、
ハープも加わり、やや神秘的な部分も加えている感じがする。
第9曲「旅の終わり(Journey's End)」は、フルート・ソロから始まり、
弦楽器と金管楽器がそれを引き継ぎ、歌が入るのだが、
ゆったりとしたピアノの感じは弦楽器が表現している。
第10曲「ベテルギウス(Betelgeuse)」は、低弦により重々しく始まる。
管弦楽は神秘的な感じをただよわせ、東洋風な部分も感じる。
チェレスタなども活躍し、組曲「惑星」の「海王星」を思わせる部分もある。
荒涼とした感じが管弦楽版では表現され、歌も神秘的に歌って終わる。
このコリン・マシューズによる編曲版であるが、私にはしっくりはこない。
ピアノ伴奏による原曲と比較して聴いてみるのがいいのだが、
東洋的な響きが強まり、この時期のホルストの音楽からはかけ離れている感じだ。
おそらくホルストがこれに管弦楽を付けたならば、こうはならなかったと思う。
マシューズによる管弦楽化はある部分では原曲の感じを生かしているが、
これをホルストの作品として楽しむことは私にはできない。
何かどうしても違和感を抱いてしまうので私は原曲を聴く方をすすめたい。