日本が原発推進を国策として進めた背景には、東西冷戦で西側についた経緯が大きく係わっている。平和憲法を持つ日本に、反共の防波堤として軍隊と核兵器を持たせたかったアメリカなど西側の意向である。
当時大合同して出来た自由民主党は、自主憲法作成を党 是とした。軍隊は「自衛」隊として、核兵器はいつでも原爆として転用できる、原子力発電を推進することになった。
こうして日本の核開発は「平和利用」と銘打たれ、原発推進が国家事業となって、なりふり構わず走ってきた。
そのためには、あらゆる関係者を取り込んで、傷を相互になめ合い、支えある人たちのグループを作り上げてきた。
原発反対を唱える研究者は徹底的に排除され、疎外されてきた。想定外の事態が生じることのない人たちの、サロングループは国家から膨大な金を引き出してきた。
反対者の先頭を走っていた、故高木仁三郎氏を取り込むために、5億円の買収もあった。この辺りは、先週の週刊現代に詳しく掲載されている。
原発推進によって、なおざりにされてきたのが、自然エネルギーの技術の開発である。
自然エネルギーの利用は、日本が3.4%、アメリカ5.4%、フランス14%、ドイツ15%、脱原発のオーストラリア65%、ニュージーランド74%となっている。
日本は遅れているように見えるが、自民党政権が原発に肩入れをしている時でさえ、日本の技術者はそれなりの成果を上げていた。
地熱エネルギー技術は、日本は世界で最も進んでいる。太陽光発電も、小泉改革までは世界でトップを走っていた。火力発電の発電稼働率も、ダントツに高い。
政策転換さえすれば、いつでも日本は世界で最も進んだ、自然エネルギーを進める力があるのだ。こうした技術は古くから、日本の最も力を発揮できる分野ともいえる。
何も、原発がなくなるとどうなるばかり論議するのではなく、政策転換をやれば良いことである。いつでも日本はトップに躍り出る力がある。
また自然エネルギーは、地方分散型の省エネルギーともいえる。日本全体を活気づけるに、格好の機会ともいえるのである。
日本人は、謙虚というか、自己の主張を抑え気味です。 そして、権威に弱いので、大先生が大丈夫と言えば、大方がそれを信ずるものと思われます。 それゆえ、学者とか政治家とか官僚の責任は、重いものがあると思われます。
但し、日本人がいつまでもそれでいいとは思われません。「人事を尽して天命を待つ」との気概のもとに、自らが考え、意見を戦わせ、行動すること、今、それが求められているものと思われます。