半透明記録

もやもや日記

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『ストーカー』

2005年04月13日 | 読書日記ーストルガツキイ
A&B・ストルガツキー/深見 弾訳(ハヤカワ文庫)



《あらすじ》

何が起こるか誰にも予測のできない謎の地
帯、ゾーンーーそれこそ、地球に来訪し地
球人と接触することなく去っていった異星
の超文明が残した痕跡である。ゾーンの謎
を探るべく、ただちに国際地球外文化研究
所が設立され、その管理と研究が始められ
た。だが警戒厳重なゾーンに不法侵入し、
異星文明が残していったさまざまな物品を
命がけで持ちだす者たち、ストーカーが現
われた。そのストーカーの一人、レドリッ
ク・シュハルトが案内するゾーンの実体と
は? 異星の超文明が来訪したその目的と
は? ソ連SFの巨匠が迫力ある筆致で描
くファースト・コンタクト・テーマの傑作



《この一文》

”(やりかたがきたないぞ、卑劣だ・・・おれはやつらのペテンにかかり、口がきけないままほっとかれたんだ、畜生・・・ごろつき・・・そうだ、おれはごろつきだったんだ・・・ごろつきのまんま年を取ってしまったのさ・・・そんなことがあってたまるか! おい、聞いているのか? これからは、断じてそんなことは許されんぞ! 人間は考えるために生れてくるんだ。そう、彼がそうだ、結局キリールがそうだったんだ!・・・ただし、おれは信じるもんか、そんなことを。これまでだって信じなかったし、今も信じちゃいない。人間がなんのために生れてくるのか、そんなことは知るもんか。おれを生むやつがいたから、こうして生れたんだ。人はそれぞれの才覚で暮しを立てている。おれたちがみな健康になるんであれば、それはそれでよし、やつらが全部くたばるんであれば、それはそれでいい。おれたちとはだれのことだ? やつらとはだれのことを言ってるんだ? ーーーー)      ”





最後の5頁は、髪の毛が逆立っていたと思います。
レドリックを他人とは思えず、つられて絶叫しそうになりました。
苦しい。
私たちは何を望むのかーー。
私は何を望むのかーー。
そのことばを知ったなら、私もきっと叫ぶでしょう。
でも、分かりません。
内圧が高まって、涙が出てきます。
どうしようもなく苦しいです。
読むたびにいちいち苦しくなっていたら、この先まだ読むべきものが沢山ひかえているのに、一体どうしたらよいのでしょうか。
とりあえず、映画『ストーカー』のために書かれたものの採用されなかったシナリオ『願望機』を読んでみるつもりです。
映画もそのうち参考に観ることにしましょう。

朗報です!

2005年04月11日 | 読書日記ーロシア/ソヴィエト
久しぶりに街の大きな本屋さんに行きました。
人に贈ろうと思い、ラーゲルクヴィストの『バラバ』と『巫女』を探しに行ったのですが、
残念ながら、現在は『バラバ』の方は在庫切れとのこと。
がっくりする私の眼に、1冊の本がうつりました。
「あ、あれは!」
ザミャーチン作『われら』が再版されている!!
万歳!
棚の前で小躍りする私(は既に入手していますが)。
岩波文庫でもいよいよロシアのSFが盛り上がってきたに違いない。
くくく、この勢いでもっと名作を(出来ればストルガツキイでも!ブルガーコフでも!)
世に送り出すのだーっ!
と念を込めてきました。
岩波文庫(海外文庫)のコーナーに立ったら、私の思いを感じてください。
そして『われら』については、読書日記12月10日の記事を参照くださいませ。
読みやすくて面白い、私をロシアのSFに引っ張り込んだきっかけの1冊です。

スモッキング地獄

2005年04月10日 | もやもや日記
スモッキングという刺繍の技法があります。
細かいギャザーを寄せたところを、ひと山ずつすくっていって、
伸縮性を出しつつ、仕上がりはきわめて優美であるという乙女の憧れです。
写真はブダペストへ行った時に買ってきたブラウスですが、
この首周りの部分にもスモッキングが施されています。
ロマンですね~。
例によってマガジンハウスの『クウネル』を読んでいたら、このスモッキングについての
記事があって、私はまんまと思う壷にはまりやってみたくなりました。
一応本にはスモッキングの仕方の写真付き説明がされていたのですが、
この説明がまたさっぱり分からない。
私の読解力が足りないのか・・・。
ひとまずネット上でより詳しい説明を探してみることにしました。
するとやっぱり親切な人がいるもので、かなり分かりやすい図解のスモッキング専門頁を発見!
さっそく挑戦してみました。
ちくちく、ちくちく、ちくちく。
ひたすら山をすくっていきます。
楽しい!
もうほかには何も手に付きません。

このようにすぐに深みにはまる私は、過去にもテトリス、文字ぴったん、二角取りなどなど
色々なものに夢中になりました。
そして、寝ても覚めても眼前にブロックが落ちてきたり、平仮名なら何でも並べ替えてみたり、
同じ組の牌を裏返したりするのです。
今回もやはり細かい山がひたすら並び、私はその空想の山をひとつずつひとつずつすくっていくのでしたーー。
そして、ロマンのスモッキングの本質を知りそうになっています。
ものを作るのは大変な楽しみであると同時に非常な苦しみでもあるのでした。
しみじみ。

『ひまわり』を観た

2005年04月07日 | 映像
先日、名画『ひまわり』を観ました。
だいたいの筋は予備知識としてあったのですが、先が読めても面白い、
名画の底力を思い知りました。
う~む、悲し過ぎるお話です。
個人的にはマルチェロ・マストロヤンニ氏にやられました。
あの眼!
ソフィア・ローレンも大変に美しい。
特に最初のシーンで着ている黒い衣装が!
ラストシーンではきっと多くの人が涙したことでしょう。

戦争によって引き裂かれた若い夫婦。
ひたすら夫の帰りを待ち続ける妻、しかし終戦後、夫は遠いロシアの地で
別の女性と家庭を築いていたのであったーー。

というと、まるで安っぽいお昼のメロドラマですが、もちろんそれでは済みません。
なんだか色々と考えてしまいました。
昔の映画は面白いです。
2時間って結構長いんだなー、と思います。

『あらしのよるに』

2005年04月06日 | 読書日記ー日本
木村裕一/文 あべ弘士/絵(講談社)



《あらすじ》
あらしの夜に真暗闇の山小屋で出会ったオオカミとヤギ。お互いの姿が見えないので,ふたりともすっかり仲間と思い込んで……。



何年か前に話題になっていたので、ずっと読んでみたかったのですが、
図書館の児童書コーナーを通りかかった時、ふとそのことを思い出し、読んでみました。
タイトルはわかっていたのですが、作者名がわからず、最初は本を見つけられなかったので、館内の検索端末を利用したところ、シリーズ全6冊が全て揃っているようでした。

「あらしのよるに」
「あるはれたひに」
「くものきれまに」
「きりのなかで」
「どしゃぶりのひに」
「ふぶきのあした」


「日本のものがたり」の「作者名 か行」のところに置いてあるという情報を得て、しかも現在貸し出し件数0件で全巻読むことができるはずでした。
ところが、お目当ての「あらしのよるに」だけがどうしてもみつかりません。
仕方なく「ふぶきのあした」を読みました。
続き物だということを知らず、最終巻から読む愚かな私。
読み終えてから気が付きました。
そこで、「あらしのよるに」以外のものを順番に読んでみました。
なるほど、面白かったです。
最後の「ふぶきのあした」などは、1回目に読んだよりも続けて読んだ後のほうが、感動がひとしおで、書棚の前で立ち読みしながら思わず落涙の危機でした。
人と人を対立させるのは(物語ではオオカミとヤギですが)何なのか。
対立し合うはずのふたりが惹かれ合うとどうなるのか。
古典的なテーマではありますが、ひらがなだけの簡潔な文章で、物語は静かに展開していきます。
ごく少ない文字数で、これほど考えさせる作品を組み立てるというのはすごいです。
やはり児童文学は侮れません。
『100万回生きたねこ』(佐野洋子 講談社)もたまらないのでした。

今日は暖かいです

2005年04月05日 | もやもや日記
ようやく暖かくなってきました。
部屋の窓から見える公園の桜もちらほらと咲き始めています。
週末にはちょうど見ごろを迎えるでしょう。
私が関西に住みはじめたのは昨年の今頃で、やはり公園では
お花見をする人々が沢山あふれていました。
それは、日本全国どこへいってもありふれた光景であると思いますが、
ここでは、こじんまりとした普通の公園で、バーベキューをする人々の姿が
私を驚かせたものです。
おおらかでいいですね。
今年もきっと賑わうでしょう。

さて、写真はベランダで育てている謎のハーブ(何か分からないまま貰ったもの)の
花が咲いたので、活けてみました。
よく見ると、花瓶は「味の素」の空き瓶です。
底が丸くてなかなか可愛らしいです。
ごま油が入っていた瓶もきれいに洗って、長く伸びた謎の植物の枝を切ったのを挿してあります。
うちには謎でない植物もあります。
ほかにはミントとオレガノ、金のなる木が置いてあります。
私はもっと盛大に食べられる植物が好きなのですが。
近所の花壇に植わっている菜の花を見て食欲を感じる私は少し浅ましいかもしれません。
昨日テレビを見ていたら、カラスノエンドウは食べられるそうです。
天ぷらがいいとのこと。
いつか試してみたいです。
あと、においスミレの花の部分も食べられるらしい。
美しい上に食べられるとは、最強です。
春はご飯がおいしいですね。

『収容所惑星』

2005年04月02日 | 読書日記ーストルガツキイ
アルカジイ&ボリス・ストルガツキー 深見 弾訳(海外SFノヴェルズ 早川書房)




《あらすじ》

二十歳になってもなんの能力もなく、自分の将来さえ決めることも出来ずに、宇宙に対するあこがれだけは人一倍のマクシム。彼は自由調査集団に入り、地球をあとにしたが、隕石事故に遭い未知の惑星に不時着する。そこは、河は放射能に汚染され、大地は荒廃し、住民たちは〈紅蓮創造者集団〉と称する謎の権力者たちに支配された世界だった。
社会体制とのコンタクトを中心テーマにして現代社会の歪みを鋭く風刺した問題作!



《この一文》

”「・・・それからもうひとつ覚えておかれるよう忠告します。
  つまり、あなたがたの世界ではどうなっているか知りませ
  んが、われわれの世界では、主人がいなければいかなる勢
  力といえども長くは存続しません。常に、それを手なずけ
  従わせようとする者がだれか要るのです。こっそりとかあ
  るいは立派な口実をつくってですが・・・わたしが申しあげ
  たかったことはこれで全部です」
  〈妖術使い〉は見かけによらず身がるに立ち上りーー鳥が
  肩の上でしゃがみこみ、羽根をひろげたーー壁ぞいに短い
  足を滑らし、ドアの外へ姿を消した。         ”




ストルガツキイの作品が多くなってきたので、カテゴリーを分けました。
お祭りも盛り上がっていることですし!

さて、私がこれまで読んで立ち直れなくなりそうになった小説は、ガルシア=マルケス『十二の遍歴の物語』の中の「雪の上に落ちたお前の血の跡」、アストゥリアス『大統領閣下』、そしてこの『収容所惑星』です。
『収容所惑星』は、前に読んだ『地獄から来た青年』と同じ世界を舞台としたシリーズのひとつということです。
なるほど、確かにそうでした。
『地獄から来た青年』のほうは、物語が短いせいもあり、割とあっさり読めたのですが、こちらはそうはいきませんでした。
まず分量が違います。
第一部だけ読んであったのですが、第二部から第五部までは一気に読みました。
途中で目を離したら、もう再び戻ることができないような気がして、お茶を飲むこともできずに必死で読みました。
というのも、大変に重いのです。
ストルガツキイのテーマはいつも重いのですが、今回は象徴や幻想性が少ないせいか、とても直接的に衝撃を受けてしまいます。
気が付いたら5時間経過していました。
読み終えた後で、さらに1時間も放心してしまいました。
物語の中では、ほとんど無意味な戦いのために絶望しながら人間が死んでいきます。
哀れで仕方がありません。
しかし、悲しいことには、それがただお話の中だけのことではなくて、私たちのこの世界においても十分起こりうるし、現在も起きているだろうということです。
主人公のマクシムは、そういう世界を受け入れることができず、自分が変えてやろう、と手を尽くしますが、なかなかうまくいきません。
世の中を変えようと思っても、情熱だけでは不足なのでした。

この作品は1967-68年に書かれたようですが、十分に今日性があると言えるでしょう。
上に引用した部分を読んで、私はこの世界のある国を連想してしまいました。
他の部分では、他の国を思い起こさせます。
〈妖術使い〉のせりふには次のようなものもありました。

”「ーーーしかし、秩序というものにはそれな
  りに法則があります。それらの法則は大きな人間集団の渇
  望から生れたものであって、その渇望が変化してはじめて
  法則も変りうるのですーー」             ”

難しいです、しかしせめて考えるくらいはしなくてはなりません。