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「毒の園」

2009年06月23日 | 読書日記ーロシア/ソヴィエト

フョードル・ソログープ 昇曙夢訳
(『書物の王国5 植物』国書刊行会 所収)



《あらすじ》
青年は窓の下の花盛りの園を眺め、そこに美しい女がやってくるのを待っている。青年の心臓を痛ましく麻痺させる蠱惑の園で、その毒気によって育てられた美しい女と彼は、恋の歓楽と悲哀とに酔うのであった。


《この一文》
“「おお恋しき君よ、もし貴女の接吻のうちに死があるなら、その無量の死を私に飲ませて下さい! 私に寄添って私に接吻して下さい! 私を愛して下さい! 毒に沁み込んだ貴女の呼吸(いき)の甘い香りで私を蔽うて下さい! 死の為の死を私の身体と私の心に注ぎ込んでこの体を破壊(ぶちこわ)して下さい!」”



ピエール・ルイスの「神秘の薔薇」という短篇を読む為に借りてきた本のなかに、ソログープの名前を見つけました。おお、これはちょうどいい。

「毒の園」は、毒のある珍しい植物が多く植えられた美しい園、その主である高名な、しかし変わり者の植物学者、彼の美しすぎる娘、彼女に恋する青年が登場する物語です。

読んでみてすぐに、ホーソーンの「ラッパチーニの娘」を思い出しました。この「毒の園」と「ラッパチーニの娘」は、よく似ています。よく似ているというよりも、特にモチーフや細部の描写について言えば、ほとんど同じです。元となる伝説やなにかがあるのでしょうか。両者はとてもよく似た物語ではありますが、ただ、結末が全く違う上に、物語から受ける印象も随分異なっています。

「ラッパチーニの娘」が、イタリアの光に溢れた明るい世界で、毒によって育てられた娘の、その体質に反して清純で優しい心を描いているのに対し、自らの毒によって相手を死に至らしめることを自覚する冷酷な、夜のような暗さと静けさ、月の光のような美しさを持つ娘を描いた「毒の園」とでは、性質は真逆とも言えますね。面白い。これはお好みで読み分けられるのではないでしょうか。

私はちなみにソログープの方がいっそう好きです。なぜなら、「ラッパチーニの娘」における青年ジョバンニが、あまりにひどい男だからです。自分から娘に恋しておきながら、トラブルに見舞われるなり、彼女を「毒婦」呼ばわり(←出た! 毒婦! 事実だけどひどい!)です。八つ当たりです、さいてーです。恋する男に罵られ、傷ついた心のまま娘だけが死にます。これが「ラッパチーニの娘」。悲しすぎる! まあでも、これはこれでとても面白いお話です。

一方、「毒の園」における青年は、彼女の身体には死をもたらす猛毒があると知りながら、むしろその毒に当たって死にたい! と宣言し、女との恋を果たします。ふたりは毒のためにこの世の人ではなくなりますが、しかし、これはなんとも美しいではないですか。美しい。ソログープの繊細な描写も冴え渡っている感じです。素晴らしいですね。夢のようですね。うっとりするような情熱、美と愛と死への燃え上がる情熱。たった一度の接吻のためにこの世を捨て去る恋人たちの姿は、あまりにも魅力的です。美しいなぁ。


それにしても、美しすぎるものというのは、この世には馴染まないものなのかもしれないな、と改めてしみじみとしてしまいました。


 *「ラッパチーニの娘」は、青空文庫にて読むことができます。
 http://www.aozora.gr.jp/cards/000905/card4105.html