池内紀編訳(岩波文庫)
《収録作品》
*レデゴンダの日記…シュニッツラー
*ジャネット…バール
*小品六つ…アルテンベルク
*バッソンピエール公綺譚…ホフマンスタール
*地獄のジュール・ヴェルヌ/天国のジュール・ヴェルヌ
…ヘヴェジー
*シャイブスの町の第二木曜日…ヘルツマノフスキー=オルランド
*ダンディ、ならびにその同義語に関する
アンドレアス・フォン・バルテッサーの意見
…シャオカル
*オーストリア気質…フリーデル
*文学動物大百科(抄)…ブライ
*余はいかにして司会者となりしか…クー
*楽天家と不平家の対話…クラウス
*すみれの君…ポルガー
*落第生…ツヴァイク
*ある夢の記録…ベーア=ホフマン
*ファルメライヤー駅長…ロート
*カカーニエン…ムージル
《この一文》
“伯爵はおごそかに言った。
「貴族には果たすべき義務があるのです。たとえこの悲しむべき共和国には見捨てられた種族だとしても――」
――「すみれの君」(ポルガー)より ”
“知りうるかぎりでは、このファルメライヤーに異様な運命を予測するなど不可能だった。にもかかわらず異様な運命の手が彼をとらえ、さらっていった。ファルメライヤー自身、ある種の愉悦をもって、その手に身をゆだねたけはいがある。
――「ファルメライヤー駅長」(ロート)より ”
どこか憂鬱で不安を掻き立てるような作品もありましたが、意外と愉快な物語もまた多く収められていました。なかなか読み応えのある一冊。
特に印象的だったいくつかの作品についての感想を残しておこうと思います。
*ジャネット…バール
ジャネットと、彼女を共有する二人の男の物語。美しいジャネットは、生活のために年取った金持ちの男と付き合い、同時に、恋愛を楽しむために若い美男子と暮らします。彼女のなかではそれが極めて合理的態度であるのですが、ふたりの男がその事実を知ったとき、男たちはそれぞれに彼女に裏切られたと感じます。そして、ふたりの男は偶然にも知り合って、お互いそれと知らずに浮気な自分の恋人のことで意気投合するのですが……というお話。
面白かった。笑えます。
*地獄のジュール・ヴェルヌ/天国のジュール・ヴェルヌ
…ヘヴェジー
これはかなり面白かった。
ジュール・ヴェルヌが地獄と天国へ行ったときの記録。天国よりも地獄の描写の方がユーモラスです。地獄の釜の燃料は薪! というところが笑えました。
*シャイブスの町の第二木曜日…ヘルツマノフスキー=オルランド
シャイブスの町の人々はたびたび無理な要請をしてきたのだが、このあいだ町名の Scheibs を Scheibbs と(bをひとつ増やして)表記する特権を得たばかりなのに、今度は「週のうちにもう一日、木曜日を認可してほしい」と言い出した…! というお話。
これもなかなか面白かった。この明るくほのぼのとしたテーマがいいですね。一週間に木曜日がもう一日出来ちゃったら、いったい宇宙の秩序はどうなってしまうの? というようなことを心配しだす人も現れたりとか、間抜けでとても愉快です。で、オチはまあ、そういうことなのですが……。この素っ気なさもとても私好み。
*すみれの君…ポルガー
ルドルフ・フォン・シュティルツ伯爵は、骨の髄までの騎士、山のような借金を持ち、色ごと、決闘沙汰は数知れない。すみれの君と呼ばれる彼は典型的なオーストリア貴族で美男子だったが、莫大な借金のためにいつしか身を持ち崩し、貧しい暮らしのうちに見る影もなく老いぼれていた。そこへある日、昔なじみのウィーン・オペレッタの舞台の星ベッティーナが現れ、彼に結婚してほしいと頼む…というお話。
このアンソロジーの中では、私はこの物語がもっとも好きです。没落してゆくすみれの君の姿にはとても哀愁を誘うものがあるには違いないのですが、経済的には没落していても失われなかったもの、貴族的な美意識や義務感、なけなしの誇りを守っているところなどは素直に美しく愛すべきものに思えます。優しい物語。
*落第生…ツヴァイク
うわぁぁ~~っ……悲惨。辛過ぎる感じ。
*ファルメライヤー駅長…ロート
妻と双子の娘とともに平凡な駅長として暮らしていたファルメライヤーは、ある大事故の夜、ひとりの美しいロシア女性を救出する。伯爵夫人であったその女性は数日間ファルメライヤーの家で休養し去ったのだが、ファルメライヤーは彼女の面影を忘れることができない。そして戦争がファルメライヤーをロシアの地に向かわせ…というお話。
いろいろと痛みを感じる物語でした。どこが痛いと言って、ファルメライヤーは恐るべき情熱でヴァレヴスカ伯爵夫人を愛するようになるのですが、戦時中の混乱の中、いつまでも帰ってこない伯爵を待つ夫人が、目の前に突然現れたファルメライヤーをいつしか愛するようになり、ふたりはともにロシアの地を離れ、互いにすべてを捨て去り幸福に暮らそうとしていた矢先に、伯爵が帰還します。それまではファルメライヤーに対して独占欲を丸出しにしていた伯爵夫人の変貌が、痛くて辛い。ファルメライヤーの熱烈な愛情に対して、彼女の愛情は、何と言うか愛情には違いないけれど結局は単に自身の保護者に対する愛情と言うか、伯爵が戻ってきてしまえば、ファルメライヤーはただの元駅長、使用人レベルの人間でしかなく、それが伯爵夫人にとっても、ファルメライヤー自身にとっても抵抗するべくもない圧倒的事実として受け入れられてしまうあたりが、なんかもう猛烈に虚しかったです。あー、これは辛いなぁ。別に伯爵夫人が悪いというわけではなく、両者とも真剣には違いなかっただろうに、状況によって運命を変えられてしまうところが、なんとも……。
愛情の質の不一致というべきか、ファルメライヤーの夢見るような理想としての愛に対して、伯爵夫人の極めて現実的な生活の確保という意味での愛情……。どちらにも落ち度はないと思うのに、その食い違いが不幸な結果をもたらしたのでしょうか。伯爵夫人のためにそれまでの人生のすべてを捨てて、既に家族にとっては死んだことになっているファルメライヤーは、新しく得た人生そのものであったはずの伯爵夫人をも失って、今度こそ決定的に死んだ人間になってしまうのでした。うーむ。辛い、辛過ぎる。
それにしても、ドラマチックで面白い短篇。映画にしたらよさそうです。前々から思っていることなのですが、ヨーゼフ・ロートはぜひ他の作品も読んでみたいところです。
だいぶ前に購入したこの文庫ですが、久しぶりに開いたら、暗がりにしまってあるにもかかわらず本体がかなり傷んできていてびっくりしました。まあ、文庫だから仕方がないとは言え、もう少し気を遣って保管しておくことにしましょう。