夜、窓の下のどこかから、ニャーニャーと誰かを呼ぶような何かを探すような猫の鳴き声が聞こえてきた。窓から身を乗り出してその姿を探してみるが、どこにも見当たらない。夜の九時ころから鳴き始め、夜通し、翌朝の五時に私が起きたときにもまだ鳴いていた。
この日は朝から大雨が降っていた。ところが、例の鳴き声は雨のなか、いまだ響いている。ああ、何を探しているのだろう、誰かを呼んでいるのか、もしやビルの間の壁にでも挟まってしまって抜けられないでいるのじゃないか。声からするときっとまだ小さい猫なのだろうに、なんと哀れっぽい鳴き声だろう。
と、姿の見えない声の主のことを思って、私は少しばかり胸をいためたが、またすぐに眠くなってもう一眠りしてしまった。そしてもう一度目が覚めると雨は上がっており、声は止んでいた。猫はひどい雨に濡れたのではないかしら、大丈夫だっただろうかと心配になった。
昼に、猫はふたたび鳴き始めた。生きていた。それにしても、よく鳴く。一晩中鳴いていたのに、また鳴いている。ひょっとするとこれは幻聴なのじゃないだろうか。猫がこんなに鳴くものだろうか。あるいは猫ではないんじゃないか。猫の鳴き声のように聞こえるが、猫の姿はちっとも見えないじゃないか。
規則正しく繰り返される悲しげな鳴き声が、私の頭にわんわんと響く。しかし、気がついたらいつの間にかまた静かになっていた。
夕飯の支度をする直前に、ふたたび鳴き声が始まった。私はもう二日も鳴き続けている猫の正体が知りたくて、夕飯を食べたら外へ探しに出かけようと考えた。ところが、そのあいだに、猫は鳴くのを止めてしまっていた。
しばらく待ってみたが、鳴き声は戻らず。しかしどうにも気になって仕方がないので、私はちょっとそこまで様子を見に行くことにした。
外へ出てみると、街の音は私の住んでいる上階に響くのとは違って聞こえる。猫の鳴き声など全然聞こえないほどにざわざわと騒がしかった。少しのあいだ近所を、小さな猫がいるものと思って探してみるが、見つからなかった。
帰ってしばらく、眠くなりながら窓辺でぼんやりしていると、聞こえた。また始まった。ばっと窓の外を見下ろすと、向かいのビルの地下駐車場の下り坂の縁を、黒い小さな影がさっと横切っていった。そして植え込みのあたりをうろうろしながら、同じ声で鳴き出した。ああ、あの猫か。やっぱり猫だったか。それにしても、どうして鳴いているのか。
小さい猫に、私が何かしてやれないだろうかと考えてみたが、私には何もしてやれないと思い、ただじっと鳴くのを聞いていた。ときどき途切れながら、夜が更けるまで鳴いていた。
二夜のあいだ鳴き続けた猫は、それっきり、もうまったく消えてしまった。私は今日もなんとなく鳴き声が聞こえてくるのを待っているのだけれど、あれきり、聞こえることはなかった。