マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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菟田野古市場の宇太水分神社参拝に・・

2024年02月10日 09時32分34秒 | 宇陀市(旧菟田野町)へ
宇陀市菟田野の古市場。

鎮座する宇太水分神社の前にある通りは街道。

西から東へ向かう南伊勢街道。

その通りは地名のごとく市場である。

商売に宿。泊りもあった宿場町は、いわば門前町。



歴史も文化も記載されている「まちづくりマップ 菟田野古市場」がわかりやすい。

古市場に来るのは、何年ぶりになるのだろうか。

本日は、知人のNさんが、紹介してくださった民家の習俗取材がある。

これまでいくつかの宇太水分神社行事を拝見してきた。

平成17年2月7日は古市えびす

通りにある恵比須神社の行事だ。

同年、同一日に宮司ひとりで行われた御田の祈年祭も拝見した。

それ以前の平成12年には、10月15日に行われた秋祭りも・・・

民家の民俗取材の前に訪れた宇太水分神社。

久方ぶりの参拝に、車はどこに駐車していいやら・・・

知人に予め聞いていた駐車場。

今月の17日に祭りを終えた宇太水分神社の境内。

邪魔にならないところであれば、停めてもいい、といわれて入庫した境内。



下りてわかった祭りの痕跡。

お渡りに用いられたと推定できる笹の竹。

なんだろうか、と思って近づいた。



その笹の竹の軸部分に紅白の水引括りした奉書巻き。



歩み寄ってわかった。

たぶんにこれは祭礼における太鼓台に使われた祭具であろう。

建物に立てかけているやや太めの青竹もある。



祭りの神輿渡御は拝見したことはあるが、このような祭具は見逃していた。

保存継承グループのブログには、この竹のことは記録されていない。

ただ、仮に青竹が6本なら地区ごとの太鼓台保存会の数ではないだろうか。

宮本の古市場に岩崎、松井、宇賀志、佐倉、芳野の6地区の総力があってこそ成り立つ秋祭り。

さて、宇太水分神社に来たからにはまずは参拝。

一歩、進んでオォーー。



威風堂々たる本殿に感動。

また、一歩進んでは、オォーー。



美しき姿の本殿にまたまた感動。

素晴らしい造りの本堂に見惚れていた。

なら旅ネットによれば「鎌倉時代に建てられた本殿(国宝)は、速秋津比古神、天水分神、国水分神の水分三座を祀る3棟が並ぶ一間社隅木入春日造。各棟とも大きさ、形ともに同じ。本殿に向かって右側に、室町中期の末社の春日神社本殿(重要文化財)に、室町末期の末社宗像神社本殿(重要文化財)が並んで立つ」と、あった。

参拝を済ませて境内を見てまわる。

門前町の通りに面している鳥居。

左右に据えた阿吽の狛犬獅子像。



シルエットに浮かんだ姿を映し出していた。

その台座に刻印した文字が見られた。

「作師 照信」か?



花押も見られた作師・石工は、さてさて・・

知る人ぞ知る、石工で名高い佐吉と同一人物だそうだ。



ブロガーさんたちがそれぞれに紹介している神社は奈良県斑鳩町内の阿波神社や神岳神社(文久三年/1863)、素盞鳴社(安政四年/1857)・・

数多く遺されている「作師 照信」事例に橿原市醍醐町の春日神社(安政三年/1856)、橿原市久米町の久米御懸神社(安政二年/1855)・川西町下永の八幡神社(安政六年/1859)・・・

年表化されているブロガーさんの情報も参考になる。

さて、宇太水分神社の刻印記銘「作師 照信」からわかってきた製作年は、その下に据えている多くの寄進者名を記した台にあった。



年代は、「嘉永七甲寅歳(1854)九月旦」。

実は、境内に、「嘉永七甲寅歳(1854)四月吉日」の刻印年があるもう一対の狛犬獅子像が見られるそうだ。

(R3.10.24 SB805SH 撮影)


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