発車のベルが鳴っても小走りしない
急ぐほど、あえて、ゆっくり、うごく
ロストはない、ゲインだけがある
線路にもホームにも電車の中にも
数えきれない主語が剥がれ落ちている
斬り落とされたニンゲンの首が転がっている
南無阿弥陀仏、アーメン
首を拾って家に帰り、コーヒーを飲もうか
発車のベルが鳴っても小走りしない
急ぐほど、あえて、ゆっくり、うごく
ロストはない、ゲインだけがある
線路にもホームにも電車の中にも
数えきれない主語が剥がれ落ちている
斬り落とされたニンゲンの首が転がっている
南無阿弥陀仏、アーメン
首を拾って家に帰り、コーヒーを飲もうか
バオ・ニン 『戦争の悲しみ』(井川一久 訳、1997)
「私は戦争がむき出しにした人間本来の悲劇性を描いたつもりです。
戦時の恋愛の悲劇性を含めてね。これが主なモチーフです。
戦争はしばしば人間の生き方ばかりか性向まで変えてしまう。
だから主人公のキエンと恋人のフォンは、
戦後もずっと愛し合っていながら分かれなければならない」
「この小説のプロットはフィクションですが、個々の場面はすべて事実か、
または事実を別の事実とミックスして変形したものです。
主人公のキエンは、半分だけ私の分身です。
彼の永遠の恋人フォンも、戦時のハノイに実在した女性たち、
特に女子学生たちのイメージを重ね合わせて造型したものです」(バオ・ニン)