鼎子堂(Teishi-Do)

三毛猫堂 改め 『鼎子堂(ていしどう)』に屋号を変更しました。

『聖餐城:皆川博子・著』②~対極にある融合

2012-05-02 22:51:21 | Weblog
五月闇・・・。薄暗い一日。午後から本降りの雨。


皆川博子さんの構築する世界は、美と醜、富と貧、高潔さと退廃・・・相反する二つの事象が、複雑に絡み合って、澱んだ生暖かい湿度の高い世界と言えるかもしれません。

水清ければ魚棲まず・・・。
あまりにも美しく清浄な世界は、面白くもなんともないってことです。

少年アディは、『馬鹿』とイシュアに罵られながらも、高潔で、まっすぐで純粋で、悩み多く、それでも、品格のある士官に育っていきます。
一方、富豪のユダヤ人少年・イシュアは、生まれながらに、身体に異常のある・・・不具者として、存在します。まだ幼い少年のときに、政治的取引で、早い者なら3日で、気が狂うといわれる密獄ダリンボルに幽閉されて、髪は、老人のごとく白髪で、背も爪も伸びることなく、矮躯のまま大人になります。
占星術・錬金術にたけ、故・ルドルフ二世の遺物・聖餐城と青銅の首の謎を解き、自ら、予言し、神聖ローマ帝国を影から操る影の存在となっていきます。

イシュアを軸にアディはと別の対極にある長兄のシムションの存在もまた、この物語の支柱となっています。
シムションは、躾のよすぎる子犬のような少年時代を、宮廷に出入りし、知力に溢れ、ユダヤ人の人権を確保するには、経済で、世界を動かすしかない・・・と思い至ります。
自分とは正反対で、政治的取引に利用したその長兄・シムションに対する報復を望むイシュア。

そして、ユダヤ人兄弟の対立を軸に、ローゼンブルクの貴族で、傭兵隊長のダーフィトとフロリアンのローゼンミュラー兄弟を、アディと同じ側の高潔さで、美しい世界に配置し、同心円状に広がりながら、描き出します。

皆川博子さんは、先の『薔薇密室』でも、天使のように美しい顔を持ちながら、身体が歪な少年・・・『美しい劣等体』を、ひとつの独立したモチーフとして登場させます。

かの『妖桜記』では、南朝の高貴でひ弱な美しい皇子を、さんざんいたぶって喜ぶ、名前は『百合王』と美しいけれど、見るのも醜悪で、厭らしい歪(矮)人として登場させているし、美と醜の対立は、やがて、融合されて、よどんだ水に暖かなぬくみと豊かな物語の海を構築させていくようです。

醜悪で美しく、対極を、両極に、融合を擾乱へ、そして何より、美しい心は、汚濁の中でも、潰えることがない・・・ということを、思い出させてくれるようです。