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鼎子堂(Teishi-Do)

三毛猫堂 改め 『鼎子堂(ていしどう)』に屋号を変更しました。

蔵書の断捨離・・・が、出来ない。

2022-01-03 20:57:45 | 本・読書

風もなく、穏やかなお正月3日目。

最高気温10度越え。昨日今日と春のような穏やかな日差しで暖かい。

こんなふうに、穏やかな日が続くと嬉しいけれど。

 

蔵書が片付かないまま。

ダンボールに入れて、十余年。

ダンボールに入れてあるのに、紙魚になっていたり、埃だらけになっていて、本は、案外、保存が難しいものなのかもれないし。

 

本を読みたいと思っているのに、イザ、本のページをめくってみると、すぐに他に気が逸れて、集中することが難しく、そして、できなくなってしまっていて、昔は、本ばかり読んでいたというのに。

読みたいと思っているのに、読めないのでした。

 

体質?が変わってしまったのか・・・。

目も年々、悪くなって来ていて、そんなことも原因なのかも???

 

思い切って、全部、捨ててしまえたら、どんなに気持ちが楽になるだろう。

 

世の中、『断捨離』なるものがブームのようで、綺麗なお部屋で過ごすには、常に、『捨てよ!』と言っているのだけれど。

私は、貧乏性なので、捨てることに抵抗があって、なかなかモノ(本を含む)を捨てられないので、困りモノ。

簡単に、捨てられないモノって、案外、多いもの。

無理に捨てられないないなら、捨てなくても・・・と思うと、日々、溜まっていくものなんだろうなぁ・・・。

 

 


西洋骨董洋菓子店:よしながふみ・著

2021-12-27 20:45:46 | 本・読書

明け方は氷点下。

日中は良く晴れて、乾いた冬晴れ。最高気温5度どまりの底冷えの一日。

 

古書の整理をしていたら、『西洋骨董洋菓子店』4巻がでてきました。

現在、映画で、ヒット中の『きのう、何たべた?』の原作者よしながふみの初期の頃の作品です。

ついつい読んでしまいました。

この作家さんは、ボーイズ・ラブ路線の方ですが、同時に、『食』についても相当、詳しい方で、ゲイ(同性愛)& 食の融合した『きのう、何たべた?』が、その集大成ということになるのだと思います。

その前駆的作品となったのが、『西洋骨董洋菓子店』で、こちらは、ゲイ(同性愛)& お菓子が、テーマとなっています。

 

西洋骨董洋菓子店のオーナーは、少年期に誘拐されるという事件に巻き込まれたまま、その記憶を封印しています。

資産家の令息でありながら、誘拐というトラウマからか、何故か、恋愛関係で女性から、他愛もない理由で、ことごとく別れを告げられてしまいます。

そんな彼の同級生で、高校時代、オーナーからゲイであることで、拒絶された天才パティシエが、彼の店で洋菓子を作ることになり、そして網膜剥離で、リングを降りることを余儀なくされた天才ボクサーが、パティシエの作る洋菓子に魅せられ、従業員として採用されます。

この3人を主軸として、西洋骨董洋菓子店・アンティークを展開していきますが、そこに絡んでくる個性的な人々を巡って、物語は展開していきます。

 

よしながふみの作品のおもしろさは、その伏線と展開にあるようですが、やはり初期は、デッサンの狂いが顕著だし、背景をあまり細かく絵描かないのは、初期の頃からのスタイルのようで、コマ割りもわりと大きく、線の粗さも否めない・・・と思いながらも、登場するケーキ、パン、洋惣菜・・・全部食べてみたいです。

 

 


本と石油ストーブ

2021-12-14 16:44:16 | 本・読書

最高気温6度。

朝方は晴れ間があったので、洗濯などしたら、昼前から、パラパラと音を立てて冬の雨。

俄雨のようでも、降ったり止んだり。

 

母が茶の間で使ってたストーブを二階へ運んで、午後は、本の整理など。

・・・あんなに好きだった作家本なのになぁ・・・二度は読まないかも・・・と思い、処分することに決めた本。

未読のものもたくさんあって、なんでこんなに本ばっかり買っていたんだろうと思ったり。

 

亡くなった母の蔵書も、まだ少しあるのだけれど、amazonで古書価格を調べると、半端ない高値がついているものもあったりで、簡単には、捨てられないかも・・・。

もともと出版数に少ない健康本ばかりなので、高値でも売れるのは、マレだけれども。

 

良い本が売れるとも限らないしなぁ。

 

母も本が好きで、辛いコトがあっても、本を読むとなぐさめになる・・・とよく言っていて、晩年は、平岩弓枝など読んでおりました。

 

時々、私の部屋から、断りもなく、本を持って行ったりして、果たして、母にわかるんかいな?と思う本(思想系?)も無くなっていて、母の部屋から発見される・・・と言ったこともよくあったで。

自身の部屋を探しても見当たらないから、おかしい?と思っていたら、母の蔵書を処分する際に、出てきたりして、ああ、母が持って行ったのだなと・・・。

 

母の使っていた灯油ストーブをつけてみたのだけれど、私は、二階では、電気ストーブだったので部屋が温まるわけでないので、灯油ストーブって、部屋全体が温まって、いい感じかも?と思いました。

でも、給油が面倒だし、重いので、今日のように最高気温6度なんて日以外には、使わないのだろうなぁ。

 

エアコンも・・・。

冷房以外使ったコトがない。

やはり本当に寒いときは、直火に限るなぁ・・・と思った寒い冬の一日。

 

 


白露/7回目の月命日/長谷川洋子・著『サザエさんの東京物語』

2021-09-07 20:24:26 | 本・読書

二十四節季・白露。

昨日の天気予報では、朝から久々の晴れ・・・ということであったけれど、実際の日照時間4時間。

曇りがちで、風がなんとなく冷たい。秋の風。

 

母の月命日。

午前中、お寺の墓所へ。

 

帰りに道の駅へ。

栗を購入。母の好物だったので、栗ご飯にしよう。

一晩、浸水しないと皮剥きできないので、月命日の今日は、栗ご飯には、できなかったけれど。

明日、栗の皮を剥こうと思います。

 

午後から夕刻迄、読書。読書・・・なんか久しぶり。本を読む時間をかみしめる。

長谷川洋子・著『サザエさんの東京物語』

国民的漫画家であった故・長谷川町子の妹からみた姉の姿、そして、サザエさんと磯野家の母体となった長谷川家の物語。

 

母の部屋を片付けていたら、出てきた本で、所謂、母の遺品。

NHK朝の連続テレビ小説『マー姉ちゃん』の原作である『サザエさんうちあけ話』と重なる部分が多くて、暴君、ヒットラーと娘達に言われた母・貞子の孟母ぶり、戦前、戦後を通して、国民的女性漫画家となった長谷川町子、その漫画の出版する姉妹社を切り盛りする姉・まり子、そして、その確固たる信念をもつ家族の中で、居場所を探し続ける末っ子の洋子。

 

あるきっかけで、姉妹間にできた深い溝。

 

長谷川町子の『サザエさんうちあけ話』では、女系家族の団結、仲良し姉妹・・・というイメージが強いけれども、どんな家庭にも、何かしら瑕疵があるもので、美化された『サザエさん』からは、想像できないエピソードも。

10億円を超える母・貞子の遺産を放棄しても、洋子の欲しかったもの・・・。やりたかったこと・・・。

内気で、強い姉たちに圧倒されながら、そして、姉(町子)の死さえ、知らせてもらなかったというその姉妹の深い深い溝。

 

庶民派と言われた長谷川町子だけれど、現実は、やはり今でいう上級国民。

サザエさんという架空の庶民のイリュージョン。

読者に見せた幻。

そう・・・私たちは、庶民・・・でも、実体は・・・。

 

孟母・貞子の先見の明。

焼野原だった世田谷の土地を買いまくり、バブルで、土地成金。

それでも・・・。

己の信じる宗教や、寄付、他人救済に奔走した母・貞子。

オカネの亡者ではなかっただけ、安堵した。

 

サザエさんと長谷川町子ファンは、読まない方がいいかも・・・。

 

 


読書をするのは・・・?

2021-06-05 22:23:24 | 本・読書

時折、薄日が差すものの、梅雨を思わせるような曇りがちな一日。

明日にかけて、お天気下り坂のよう。

週間天気予報では、週明けから、晴れて暑い日が続く・・・との予想なのだけれども・・・。

 

会社員だった頃は、時間を気にせず、読書して過ごしたい・・・と思っていた。

会社員でなくなって、好きなだけ読書が出来る時間が、あったのに、ここ十年近く・・・殆ど、読書をしなくなった。

読書をしないのではなくて、出来なかった。

ひとえに、大きな不安があって、夜は眠れず、不規則に生活し、生きる意欲も殆どなくて、ただ、母に依存し、母のくれた自由に過ごせる時間を、ただ漫然と、過ごしたに過ぎなかった。

それでも、母が亡くなる迄ほぼ8年間、母の側で、過ごせたことは、私にとって有難いことであった(もっとも、身体の自由が徐々に奪われ、確実に死に向かっていく母の側にいることを、苦痛に感じていたことも事実なのだけれど)。

 

そして、中断・・・というか、本を読む・・・という行為自体にも、いろいろと疑問が出てきて、あれ程、好きだった作家の作品も、その作家のひととなりを、意外なところがから簡単に知ることができるようになり・・・(インターネットで、秒で、検索できる世の中になった。数十年前なら、図書館なり、本屋なりで、調べないとわからないこと、外部に出すことのできなような情報なども、遭遇できるようになった)。

最盛期には、あんなにチカラのあった文章だったのに、晩年には、衰えが見えたり(当然なのだけれど)、新作が世にでなくなり(社会的に規制や制限、或いは、世に出ては困る情報など、情報操作などもさかんに行われているようだし)、作家の意図するところと、出版社の利害が一致しなければ、売れない仕組みだとか。

純粋に良い作品を見極められるヒトというのが、少なくなってきているのかもしれない。

読書なんて、単なる娯楽・・・、ドキュメンタリーも、絵空事。

そんな感じで、読書から、乖離してしまった日々でもあった。

 

先日、異父姉に会い、私の知らない母を知った。

 

生前の母は、読書家でもあった。

『本を読む習慣があれば、辛いコトがあったときに、慰めになる。読書が出来るひとは、幸せだ。』

そんなことを言っていた。

 

母は、幼い頃、実母を病気で亡くし、(大抵そうなんんだろうけれど)底意地の悪い継母に苛められ、唯一の心のよりどころは、女学校だったけれど、卒業して、簡易裁判所の書記官になり、その後、結婚したけれど、その先に、幸せは、無かった。

最初の嫁ぎ先のことは、殆ど、私には話さなかったので、詳しいことは知らない。

話したくないほど、辛かったのか、既に忘れてしまおうと決心したのか、それとも、本当に忘れてしまったのか・・・。

 

そんなこんなで、波乱万丈だった母の人生を支えたもののひとつが読書だったようである。

 

 


雨読の日

2021-06-04 22:51:31 | 本・読書

終日の雨。

 

昨日の天気予報では、朝から本降りの予想だった。

金曜日は、可燃ごみ(生ごみ)収集の日だったので、雨の本降りにならないうちに・・・と思い、早朝5時半頃、弱いミストのような雨の中、ゴミを捨てに行った。明日から、また高温になるようだし、そうなると、生ゴミは、腐敗するから・・・。

 

新聞紙などの紙ごみをまとめるのが面倒だった生前の母は、可燃ごみの日に、新聞紙も一緒に捨てたりしていたし、使い捨てカイロなどは、1日に10個くらい使っていて、そのゴミだとか、薬の包み紙とか、お菓子のパッケージなど、かなりゴミが多くて、50リットルのポリ袋2個くらいは、出していた。

今は・・・ポリ袋半分くらいの量になった(もっとも、母の遺品・・・というか、ゴミ類を捨てるときは、ポリ袋2つになることも・・・)。

以前は、車のトランクに積んで、捨てていたけれど、今は、徒歩で、往復5分弱。

珈琲のお湯を沸かしている間に、行って帰ってこられる。

 

晴れていれば、もう明るい時間帯だけれど、雨を呼ぶ雲が広がって、あたりは、薄暮のようだ。

 

ゴミを捨てて、家に戻り、再び、床の中で、午前10時迄、眠ってしまった。

 

雨音は、強弱を繰り返し、風も強くなって来た。

今日は、本を読もう。

そう思って、ページを開くも、また眠気で、うとうと。

それでも、今日は、本を読もう。

 

今日は、本を読むと決めた雨読の日。

 

 

 

 


薫風と蔵書

2021-05-30 20:54:00 | 本・読書

薫風の週末続く・・・。

午後になって、空に鉛色の雲。

雷鳴がして、ザーッと雨が降るものの、すぐ止んで、日が差す・・・そして、また雨・・・の繰り返し。

雷雲が、発生しては消え・・・の繰り返し。

 

それでも、日中の風は、最高に気持ちがいい。

樹々に咲く初夏の花々の香り。

やはり5月は、美しい・・・。

美しい5月も、あと1日を残すばかり。

 

古書の整理が、捗らないのは、途中で、読んじゃったりするとあっという間に時間が過ぎてしまい、もう夕方か・・・という感じで。

 

私の蔵書(←蔵書という程のものじゃないけれど)もさることながら、母の蔵書もまだ未整理のものがあって、仏壇横の押し入れを開けるのが恐ろしい。

私の記憶が確かなら・・・あの仏壇横の押し入れには、過去数十年・・・買いためた『壮快』、『健康』、『わかさ』といった・・・所謂、健康オタクのバイブルが、山と積まれていたハズで・・・。

 

こんな風の美しい日に、ホコリにまみれた古書と対峙ってのも・・・。

 

 


本の重量

2021-05-29 21:32:31 | 本・読書

風爽やかな夏日。

 

最近では、紙の本・・・という形をとらなくても、比較的簡単に、電子本などが出版できるようで、様々な情報発信にも利用されている。

筆者が、試した健康法とか、投資、メンタル強化・・・などなど。

一個人の試験的な結果ではあるが、役に立つひともいるだろうし、逆に、害になる恐れも否めないような気がする。

 

過去に出版された本というのは、重量もさることながら、本に記述することは、文字となって、後世迄、残るから、いい加減なことは、書けないし、また書いてはいけない。

でも、現在は、重量は、スマートフォンの中に、数百冊分(或いは、数千冊???)の蔵書を確保できるから、軽量であるし、なにより、普通のひとが、学術的に研究して書いた・・・と言う訳でもないので、実践するなら、自己責任で・・・との但し書きもあったりで、内容的にも、軽い・・・ような気もする(なかには、素晴らしいものあるのだろうけれど、なにぶん、本は、紙で読みたいので)。

物心???両面で、『本』は、軽くなってきているのだろう。

そして、デバイスから、削除すれば、もう片鱗も残らず、消えてしまうのが、電子本だろう。

本ではなく、『データ』としての扱いだ。

 

そして、あと数年もすれば、紙の本は、淘汰されるのかもしれない。

 

紙の本は、重たい。

燃やそうと思っても、なかなか燃え切らない。或る程度の火力がないと、途中で、火が消える。

ページをバラしてやらないと完全燃焼するのに時間が掛かる(もっとも、火力の強い焼却炉なんかは、そんなこともないのだろうけれど)。

燃えた残骸も、何故だか、悲しい気がする。

 

そして、経年により、劣化する。

光劣化(日焼け)、シミが侵食し、安価な紙だと、お醤油で煮しめたような色に変色したりする。

高額な本のカバーに、昔よく使われていたハトロン紙とか、パラフィン紙?というのだろうか・・・。

アレが、劣化して、物凄いコトになっていた。

ボロボロと崩れ落ち残骸となっていた。

 

ボール紙の箱のカバー、ハトロン紙の表紙、そして本体。高額な本の装丁は、価値がある。

ソレをみるだけで、いざ、別世界へ・・・と。

 

それでも、歳月は、酷い。

本も時間の砂に埋もれていくようだ。

本当に、砂に埋もれるように、ほおっておくと、ホコリにまみれながら、劣化していく。

太陽光も、湿度も、埃も・・・全て、本の敵だから、蔵書管理は、難しいし、時間が潤沢にあるひとでないと、保てないし、面倒なのだ。

 


本が読みたい。

2021-05-27 23:56:24 | 本・読書

終日、本降りの雨。

気温も低く、肌寒い一日。

 

過去に購入した本の整理をしていて、一冊の古い文庫本を見つけた。

開いてみると、まあ、文字の小さいことよ。

昭和57年発行とあるから、1982年・・・か・・・。

中公文庫とあるから、中央公論社の出版物。定価300円。

40年近く過去の本だ。

 

それに比べると、現在の文庫本は、随分と文字が大きくなったもんだ・・・と思ったりして。

老眼の目には、ちとキツイが、まあ、読んでみようか・・・。

この本は、電子本になっているのか、いないのか・・・。

電子本なれば、文字の大きさなども調整できるのだろうけれど、やはり、古い本は、紙の本で読みたい。

 

中公文庫もそうだけれど、岩波文庫なんかも、かなり文字が小さい。

まあ、そんな文字の小さい文庫本が出てくるわ、出てくるわ・・・。

 

どうしていいのかわからないので、処分できるものは、処分して、迷っているものは、一時保留にして、少し時間を置けば、処分できるかもしれない。

四半世紀近く、読むこともなく、放っておいたので、今更・・・と言う気もするけれど、本には、賞味期限ってないからなぁ・・・。

或る日、急に読みたくなるかもしれない。

でも、ここ数年間は、以前のように本を読んでいない。

特に、小説とかは、殆ど、読んでいない。読んだとしても、記憶にも残らないようなものばかりだった。

 

また、本を読む日が来るんだろうか???

本に没頭していた日々の復活って、あるんだろうか???

 

 


やはり、電子本は、嫌いだ!②

2020-08-27 23:08:18 | 本・読書

27日連続の真夏日。

例年だと、38℃越えの日は、あっても、ポツリポツリと、30℃以下の日もあるのに、今年は、8月になってから、最高気温が、30℃を下回らない。

猛暑の8月ばく進中ってトコかな。

 

最近は、本(・・・というか、作品)の寿命が短いような気がする。

紙の本が、すぐ絶版になって、電子本しかなかったりする。

10年くらい前に出版された本で、読みたいものがあったので、探してみると、中古市場では、当時の販売価格の2倍で、さらに配送料迄かかるので、1冊の単価が、ベラボーに高額になってしまう。

おまけに、中古市場だと、コンビニや運輸会社受取りできるところが少なくて、郵便局留めにするくらい、配送方法が選べないあたり不便でもあった。

 

電子本が、イヤなのは、目が疲れるし(電磁波?)、いちいち拡大しないと文字が読めないところもあったり(これは、主に漫画で)。

老眼を電子本のせいにする気はないけれど、スマートフォンなんかでは、拡大しているとページがスキップしたりして、イライラする。

漫画電子本は、コマ毎にスクロールできるものもあるけれど、やはり、左右ページの・・・見開き?というものだろうか・・・それが、みられない。

やはり、左右のページのバランスとか、ロングの背景とか・・・紙の本の方がいい。

 

そんな紙の本が淘汰されていくように、売れない順から、絶版になっていくのだろう。

 

本(小説など)に限ったコトではないけれど、音楽・美術・・・といった所謂、芸術というのだろうか・・・優れた作品だからといって、必ずしも売れるわけでないし、逆に、大したことないと思われる作品でも、バカ受けしたり、大ヒットしたり・・・ということも、よくあるハナシで。

努力したから、売れるわけでも、認められるわけでもないし、強力なバックアップや、売り出し手法が、洗練されていて、当然の如く、売れるものもあったりする。

その作品とか、作者に、与えられた一種の運命ってヤツなのかな・・・。

少なくとも、世に出るべくして、出た!という、本当に、掛け値なしによいものに、出会えたときは幸運というべき・・・なんだろうなぁ・・・。

 

それにつけても。販売価格の3倍って、どんなもんだろう。つまらなかったら、大損したような気にもなるし・・・しかし、コレから先、供給が見込めないなら、今買いなのか・・・否か・・・。