徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:今野敏著、『呪護』(角川文庫)

2022年05月25日 | 書評ー小説:作者カ行

『呪護』は鬼龍光一シリーズの前作を含め第5作になります。
出雲族を祖とする鬼道衆に属する鬼龍光一は陰の気が凝り固まって怒りや性欲に憑りつかれたようになる「亡者」の退治を生業とする祓い師で、黒づくめの服装がトレードマーク。同じく出雲族のトミノアビヒコを先祖とする奥州勢の安倍孝景は白づくめの服装に銀髪がトレードマーク。この黒白コンビが怪奇の分野を担い、現実主義の極みと言える警察側に属する警視庁生活安全部・少年事件課・少年事件第三係の巡査部長、富野輝彦が主人公で、怪奇物語に警察小説という器を与える役割を果たしています。
しかし、この富野輝彦もトミノアビヒコの直系トミ氏に連なる者で、本人は自覚していないのですが、霊能系の能力を秘めているらしく、また、鬼龍と孝景と共に奇妙な体験を重ねるうちに、法律に基づく現実と霊能的観点から見た現実の狭間で悩み、だんだんと一般常識や警察などが見ているものだけが真実とは言えないことに気付いていきます。

本来がちがちの現実主義者である富野輝彦がだんだんと変化していく様がこのシリーズの味わい深さの1つです。富野の存在なくして警察と霊能系の接点はあり得ないので、要の存在であり、その点が単なる怪奇ものとは違う魅力でもあります。

さて、本作は都内の私立高校で、男子生徒が教師を刺すという傷害事件をめぐる物語です。警視庁少年事件課の富野が取り調べを行ったところ、加害少年は教師に教われていた女子生徒を助けようとしたと供述したのに対して、女子生徒の口からは全く異なる事実が語られる。その学校で「適合者」であるその教師と性交する儀式によって法力を得るために必要だったという。

天台宗系の密教・台密に連なるセクトと真言密教・東密の系譜を引き継ぐセクトが東京守護のための結界を巡って攻防を繰り広げていることが傷害事件の背景だった可能性があり、富野は鬼龍たちと真実を探る捜査を始める---。

なかなかスケールの大きい呪術的仕掛や結界の話が非常に面白いです。
その一方で、刺された教師は強制性交等罪で起訴されるのか、淫行条例違反で罰せられるのか、議論され、「被害者」がいないケースで十把一絡げに「淫行」と決めつけ裁くことの意味に疑問が投げかけられ、警察小説らしい現実感ががっちり組み込まれているその絶妙な怪奇と警察のバランスがすばらしいです。
ぜひご一読あれ。





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書評:松岡圭祐著、『JK』(角川文庫)

2022年05月25日 | 書評ー小説:作者ハ・マ行

『JK』というタイトルと言い、表紙の写真と言い、『高校事変』に続く高校生ヒロインの話だということが容易に察しがつきます。
しかし、JKは女子高生の略ではなく、ジョアキム・カランブー(Joachim Karembeu 1922─2004)のイニシャルで、「窮鼠は学ぶ。逆境が師となる。」という格言を言った人です。
これが本作品の底流に流れるモチーフと言えます。

物語は、川崎という指定暴力団の多い土地柄、懸野高校における不良の傍若無人ぶりとは対照的とも言える懸野高校の一年生・有坂紗奈の比較的平穏な日常生活から始まります。
クラスでも人気があり、吹奏楽部とダンスサークルでも頼りにされ、バイト先の介護施設でも入所者たちに愛されていた。そんな彼女の座右の銘が上のジョアキム・カランブーの格言だ。
彼女は笑顔を絶やさず、一見何の苦労もなさそうな幸せな女子高生だが、実はうつ病で家に籠る母を抱え、会社の業績不振で減給されても身を粉にして働く父をバイトで支えていた。

そんなある日、たまたま調子がいいからと紗奈の母が自転車で少し離れたコンビニまで買い物に行き、その先で事故に遭う。父と共に母を病院まで迎えに行き、その帰りに放置した自転車を取りに行く。

しかし、そこは人通りの少ない廃工場のそばで、地元の不良たちのたまり場になっていた。その中には紗奈が学校で衝突した者たちも含まれていた。自転車を取りに行こうとした母は自転車を彼らに取り上げられ、彼らに捕まってしまう。彼女を助けようと介入した父は無残にも嬲り殺されてしまう。父を惨殺され、母を人質に取られた紗奈は彼らの言いなりになるしかなかった。

紗奈が散々不良たちにレイプされている間に母は人質として不要とばかりに殺され、彼女自身も気力も体力・筋力も失い、ほとんど瀕死の状態となる。
不良たちは気が済んだのか、死体の始末を世話になっているヤクザの1人に頼み、呼び出された大人たちが親子三人を逗子に運び、車ごと燃やして「始末した」。

この序章を読んだだけで、少年たちのあまりの倫理観の欠落ぶりや躊躇いの無さに驚愕し、読み進むのを止めたくなる衝動に駆られる一方で、この凄惨な事件から始まる物語がどのように収束するのか気になって仕方なくなることも事実で、見事に著者の術中に嵌まってしまうのです。

親子惨殺事件後、犯人は紗奈と同じ学校の同級生や上級生からなる不良集団であることが公然の事実とされていたが、警察は決定的な証拠をあげることができず、彼らの悪行が止まることはなかった。 
その流れは、ある日、謎の女子高生・江崎瑛里華の登場で一変する。彼女は驚異的な戦闘力を有する武闘派ヒロインで、親子惨殺事件に関わった不良集団に次々と制裁を加えて行く。
江崎瑛里華は顔は違っているが、なんとなく紗奈の友人たちには紗奈を思い出させる雰囲気があった。

瑛里華イコール紗奈であることは比較的容易に察しがつくのですが、何がどうなってそうなったのか、種明かしはもちろん最後になります。

ストーリーはこの一冊で完結していますが、最後に警察庁の強姦件数に関する統計が掲載され、強姦の被害者が誰にも相談できなかったケースが全被害者の67.9パーセントに上ることが示されていることを鑑みると、武闘派ヒロインが活躍する場がたくさんあることを示唆しているようにも思えるので、JK の続編が出るのだろうと予想しています。


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