私が生まれたのは昭和31年、3~4才で物心が付いて来た時
僅かに残る記憶は冷蔵の為の氷屋さん、アイスキャンディー屋さんの自転車
自転車で売りに来たダッコちゃん人形、グリコのおまけのブリキのおもちゃ。
広島の集合団地で母親に連れられ、町の中で見た小さなペンギンの形をしたおもちゃの噴水
大蔵省の当時役人だった父親の記憶は殆ど無い!(笑)
広島の比治山のNHKにTVのフィリップス君を見るため、三輪車で通い
帰りに暴走して、広島東洋カープの帽子に付いた飾車を回すのが大好きだった!
父親の転職で引っ越した尼崎は借家で、その後宝塚の逆瀬川に移り住む。
塚口の幼稚園から小学生となり通った宝塚第一小学校は今でもあり.近くに二軒あった小さな文房具店で
銀玉鉄砲、駄菓子など買った!
町には自転車にエンジンの付いたバタバタや三輪自動車、駅前には木炭で動くバスも見た!
冬にはかならず雪が少し積もって、しもやけになり、木造の校舎にはコークス燃料のストーブ
でも今より貧しくても、平和に守られた良い時代だった。
どこかの馬鹿が、自由な表現まで奪おうとしているように最近思うが、騙されてはいけない、
子供の頃怖い思いをした押し売りや契約しないと玄関を蹴る産経新聞の販売員
強引なお布施で問題になった創価学会など当時から色々あったが、ごく一部で、
周りの大人は相手にしていなかったのだが、現代は騙される人が少なからず居るような?
日本人はもっと賢いと思ってたんだが!?