知命堂日記   ~  人間五十年、下天のうちをくらぶれば、夢幻のごとくなり ~ 2005.9.11

いつ死んでもおかしくない年のころ。
夢も希望もなく、やっと生きてます。
今を夢幻と思って、ただひたすらに…

彼岸過ぎまで…

2007-03-21 18:43:28 | Weblog
このブログも2年半経過し、特に1月11日以来、毎日書き続けています。
日々のアクセス数から推定すると、このブログの読者が45人くらい居るのかなと考えられます。

アクセスの内容については、詳細なことは分かりません。
ネタによってアクセス数が大きく変動していますが、その原因はブログの中身というよりはタイトルによるのだと思ってます。
最近は新聞記事を引用することが増えており、手抜きと言えば手抜きをしています。
今回もタイトルを「彼岸過ぎまで…」ということで、何か意味があるのかというと、別にありません。今日が彼岸の中日なので、ただあやかっただけです。

毎日書いていると、アクセス数は減らないようです。
別にクリックしてもらって金が入るような訳でもなく、減ったからと言って困るわけでもないのですが、読んでいただいているという気持ちがあります。
今日のネタは何だろうと、期待している人も居るのではないかと勝手に思っているのです。
それで、結果としていつの間にか毎日書くようになっていたのです。

毎日はできないかもしれませんけど
思ったことを書いて参りたいと思っています。




大学全入時代のレベルの確保策

2007-03-21 08:41:35 | Weblog
大学にこだわらなければ、希望する者は誰でも入学することができるようになる。
大学全入時代の教育の質は、果たしてどうなるのであろうか?
当然、大学生の質が低下していくのは間違いなく、社会に出ても使えない人材が続出する。大学の質を維持するための方策が検討されている。

政府の教育再生会議の第3分科会(教育再生)は3月20日の会合で、大学の学部教育の質を担保するため、卒業時の認定試験の導入を検討することで一致した。
分野別に試験を実施し、試験結果を基に大学が卒業を認定する仕組みを想定している。5月の第2次報告に盛り込みたいとのこと。
会合では、出席委員から「極端に言えば九九が出来なくても大学に入れる」などと、大学生の学力低下を懸念する声が相次ぎ、4年間の学部卒業時に何らかの認定試験を設ける必要性で大筋合意したという。
学部教育での
〈1〉到達目標の設定
〈2〉成績評価の厳格化
〈3〉語学や文章作成力など各学部共通の基礎教育の充実―
なども検討するそうで、学部教育を充実させ、より高度で専門的な人材を育成する大学院教育につなげるのが狙い。
分科会の中嶋嶺雄副主査は記者会見で、「授業に出席すれば、学力が身につかなくても安易に単位が認定される現実がある」と指摘した。

私は、高い教育の質を維持するために少人数教育が必要だと考えている。
国立大学でさえ、法人化に移行したため、ある程度の採算を考慮する必要性が生じている。確かに、国立という安住地に安穏としていた教授を競争にさらして淘汰することはよいだろう。
反面、限りある研究費の争奪のため、学内での派閥争いが生じ、無用な混乱も生じている。やり手で調子のよい人間が生き残って、地道に研究と教育に携わっている人間が排除されている。
これまで、地方大学にあった特色のある学部もコストの面から消滅に向かって進むか、全く機能せず存在意義を失う状態にある。
すべては市場原理が教育の質を落としているように感じる。
市場原理と一線を画すためのベンチマークをつくってそれを上回るところは、もう少し手厚い保護を講じていくべきだろう。

卒業認定試験の導入はよいとして、その内容については大学の自治に任せるべきだと思う。