加川良の歌はよく知らないのである。
というか「教訓」と「下宿屋」しか知らないのである。
それでもなんだか親しみを覚えるのは、吉田拓郎のアルバム「元気です」のなかに「加川良の手紙」という歌があるからだろう。
そういうものだから、今夜はまあ初めてじっくりと加川良を聞いたのである。
(残念ながら「下宿屋」は歌わなかった)
一時は吉田拓郎の最大のライバルではないか、とまで言われていたような気がする。しかし、ゼンゼン違う道を歩いてきたようなきがする。
加川良の歌を聞きながら思った。
普通の人にやさしく歌いかける人や、反戦歌など社会的メッセージをこめて歌う人がメジャーになれないのは、何故なんだろう?
それは「普遍性」ということなんではないだろうか?
つまり、普遍的な気持ちや心を歌ったものほど普遍性は高くなく、実は「俺はこう思う」みたいな歌のほうが普遍性が高いのではないか、ということをふと思ったのである。
拓郎は「聴いてください」なんていわず「これが俺の歌だ、聴いてみろ!」というカンジであったが、売れた。
いわゆるフォークソングという歌を歌い続けている人は、大きく売れはしなかったが、どこかで人の心をつかんでいて、それはそれでいいと思う。
メジャーになることだけが、いい、ということではないはずである。
番組の中で加川良が言っていた。
「(有山じゅんじに)加川さんは人に好かれよう好かれようとして歌っていませんか?ここらで嫌われ者になってみませんか?といわれた」
含蓄のある言葉である。
加川良、よかったです。
というか「教訓」と「下宿屋」しか知らないのである。
それでもなんだか親しみを覚えるのは、吉田拓郎のアルバム「元気です」のなかに「加川良の手紙」という歌があるからだろう。
そういうものだから、今夜はまあ初めてじっくりと加川良を聞いたのである。
(残念ながら「下宿屋」は歌わなかった)
一時は吉田拓郎の最大のライバルではないか、とまで言われていたような気がする。しかし、ゼンゼン違う道を歩いてきたようなきがする。
加川良の歌を聞きながら思った。
普通の人にやさしく歌いかける人や、反戦歌など社会的メッセージをこめて歌う人がメジャーになれないのは、何故なんだろう?
それは「普遍性」ということなんではないだろうか?
つまり、普遍的な気持ちや心を歌ったものほど普遍性は高くなく、実は「俺はこう思う」みたいな歌のほうが普遍性が高いのではないか、ということをふと思ったのである。
拓郎は「聴いてください」なんていわず「これが俺の歌だ、聴いてみろ!」というカンジであったが、売れた。
いわゆるフォークソングという歌を歌い続けている人は、大きく売れはしなかったが、どこかで人の心をつかんでいて、それはそれでいいと思う。
メジャーになることだけが、いい、ということではないはずである。
番組の中で加川良が言っていた。
「(有山じゅんじに)加川さんは人に好かれよう好かれようとして歌っていませんか?ここらで嫌われ者になってみませんか?といわれた」
含蓄のある言葉である。
加川良、よかったです。