尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

スウェーデンの傑作ミステリー「ミレニアム」、原作と映画①

2019年01月13日 22時19分47秒 | 〃 (ミステリー)
 スウェーデンのスティーグ・ラーソン著「ミレニアム」三部作が本国で刊行されたのは、2005年から2008年だった。日本では2008年から2009年にかけて翻訳が刊行され、大評判になった。映画もスウェーデンで作られてヒットし、ハリウッドでリメイクされた。ところで、著者のスティーグ・ラーソン(1954~2004)は本職の作家ではなく、社会派ジャーナリストだった。一人でひそかにミステリー小説を書き溜めていて、なんと刊行前に亡くなってしまったのだ。全世界で8900部を突破したという「ミレニアム」シリーズの大成功を見られなかったのである。
 (ハヤカワ文庫の「ミレニアム1上」)
 ラーソンは本来10部作まで書くつもりで、第4部は途中までパソコンに残っていたと言われる。物語としては一応三部で完結したが、回収されていない伏線が多数残されている。そこでダヴィド・ラーゲルクランツ(1962~)というジャーナリスト出身の作家が続編を書くことになった。第4部「蜘蛛の巣を払う女」が2015年に刊行され、2017年に第5部「復讐の炎を吐く女」も刊行された。続編は好評を以て迎えられ、ハリウッドで「蜘蛛の巣を払う女」が映画化された。(今公開中)
 (スティーグ・ラーソン)
 僕は久しぶりに「ミレニアム」世界に浸っている。まず続編をハヤカワ文庫で読んでいる。映画「蜘蛛の巣を払う女」も見てみたい。今までに映画化された4本はすべて見ているので。この大河小説は最初から読まないと面白くないので、前の三部作を振り返っておきたい。三部作というのは、「ドラゴン・タトゥーの女」「火と戯れる女」「眠れる女と狂卓の騎士」で、すべて上下巻。最初は単行本で読んだんだけど、この6冊を合わせると合計で2698頁にもなった。

 前の映画と本を比べれば本の方が圧倒的に面白いと思う。映画も面白くないわけではないが、時間を短くするためにカットされた場面が多い。このシリーズは、ちょっとしか登場しない人物もよく書き込まれている。そういう人物が映画ではほとんどカット、ないしは改変されている。例えば、ある写真を見つけ、そこから「もう一つの写真を撮った素人カメラマン」がいると想定して、スウェーデンの北に探しに行く場面。映画ではすぐ見つかるように描かれているが、小説ではずいぶん苦労してようやく探し出す。小説での苦労の描写は単なる横道ではなく、スウェーデン社会の変化や人生の諸相を垣間見させる場面にもなっている。

 このシリーズの素晴らしいところは、ミステリーの各ジャンルの魅力が散りばめられた、ジャンル・ミックスのミステリーであること。無理に展開するのではなく、設定からくる「絶対書きたいこと」の要請で、自然に各ジャンルを越境していく。この小説的快楽。本格(謎解き)から、社会派(スウェーデン財閥の裏事情)へ。歴史ミステリーからサイコ・サスペンスへ。冒険小説から、スパイ・謀略小説へ。犯罪小説から、警察小説へ、そして法廷ミステリーへ。そして、ベースは「民間人探偵」が「歴史の闇」「国家の罠」に挑み、自らの誇りを掛けて闘うハードボイルドの心だ。

 この小説には、ミカエル・ブルムクヴィストリスベット・サランデルという二人の主人公がいる。二つの焦点を持つ「楕円の構造」こそが、「ミレニアム」の魅力である。謎の女調査員天才的ハッカーにして、誰とも打ち解けない、身長150cmの、ピアスとタトゥーに覆われた女性。複雑な生育歴があるかに描写される、謎多き女性リスベット・サランデル。この女性像こそ、今までのどの小説にも書かれていない新しい人間像である。「アンナ・カレーニナ」や「ボヴァリー夫人」のように、時代の典型の女性として、いずれ多くの人が論文を書くことだろう。
 (映画「ドラゴンタトゥーの女」のリスベット)
 リスベットとは一体何者か。その反社会的とも見える「偏屈」な非社交性は一体何によるものなのか?被虐待の生育歴からくる人間不信か? 統合失調症による精神的な病か? アスペルガー障害による発達障害か? それとも、人格障害か、性格の歪みなのか、単なる自己防衛か? この小説の基本設定が、いかにも当世風である。発達した福祉大国と思われている北欧諸国でも、人間の心の闇という難問に直面しているのである。リスベットの裏に潜む謎は、意外なほど大きかった。スウェーデン戦後史を書き換えるほどの陰謀が絡んでいたとは…。

 謎を追う探偵役がミカエル。つまり、名探偵カッレ君である。若き日にある事件を解決に導き、マスコミから名探偵カッレと命名され、今は硬派のジャーナリストである。ミカエルは、旧約聖書の大天使ミカエルから付けられたもので、ヨーロッパ各地に多い名前だ。英語でマイケル、ドイツ語はミヒャエル、フランス語はミシェル。愛称は、英語ではマイクとかミックとか…。つまり、マイケル・ジャクソンミック・ジャガーミハイル・ゴルバチョフミヒャエル・エンデは同じ名前である。ミカエルの、スウェーデンでの愛称の一つが、カッレということである。

 名探偵カッレというのは、スウェーデン国民が敬愛する児童文学作家、アストリッド・リンドグレーンの有名な主人公である。物語の中で、本人がいやがるあだ名として「カッレ君」が使われているが、それこそがミカエルが「探偵」役であることを示している。アストリッド・リンドグレーンの世界、スウェーデン人なら誰でも知ってる文学的な構図が、「ミレニアム」世界の枠組みに利用されている。となれば、女主人公たるリスベットとは誰か? 言うまでもなく、「世界でいちばん力持ちの少女」ピッピちゃんである。物語の中でも、そのように言及されている。この物語は大人になって本当の悪に立ち向かって行く、カッレ君とピッピちゃんの物語なのである。

 さて題名の「ミレニアム」とは何かという問題があるが、長くなったのでそれは次回に回したい。そして「ミレニアム」三部作の問題意識が続編にどのように継承されているか。ミステリーだけど「社会的問題意識」で書かれているシリーズなので、そこが大切になってくるのである。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 大中恩、大田堯、宮川ひろ、... | トップ | 「ミレニアム」の志を継ぐも... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

〃 (ミステリー)」カテゴリの最新記事