尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

ホロヴィッツ「絹の家」「モリアーティ」ーシャーロック・ホームズの「続編」を読む

2022年05月04日 22時05分59秒 | 〃 (ミステリー)
 アンソニー・ホロヴィッツと言えば、現在各種のミステリー・ベストテンで4年連続第1位を獲得して、もっとも注目されているミステリー作家だ。「カササギ殺人事件」「ヨルガオ殺人事件」、「メインテーマは殺人」「その裁きは死」はここでも感想を書いたが、圧倒的な面白さと充実感には大満足である。そのホロヴィッツはこのように認められるまでに、テレビや少年小説など多方面で活躍してきた。その中には、シャーロック・ホームズ007シリーズの「公認」の続編を書くという仕事もあった。

 ホームズものでは「絹の家」(2011)と「モリアーティ」(2014)、007では「007 逆襲のトリガー」(2015)がそれで、いずれもアーサー・コナン・ドイル財団、イアン・フレミング財団の公認を得た正式な「続編」という扱いである。日本ではどれも駒月雅子訳で、角川文庫から出ている。しばらく入手できなかったのだが、最近たまたま本屋の棚で見つけた。去年の12月に増刷されていたのである。007はもともとを読んでないので、まあいいか。でもホームズは是非読んでみたいなあと思って、買ってみた。
(「絹の家」)
 ホームズものは全部読んでるが、何度も読み返したり細かな知識を競うほどではない。だから、ホームズの贋作、模倣作はいっぱいあるらしいが、読んでない。「絹の家」(The House of Silk)を手に取ったのは、多分ホロヴィッツの「名人芸」を味わえると思ったからで、全く期待を裏切られない。文庫本だが400頁もあって、ホームズものは長編でも案外短いから、読みでがある。「続編」の書き方にはいろいろとあるだろうが、これは「公認」だけに本格派。当時ワトソンによって書かれていたのだが、国家的スキャンダルを恐れて100年間公表禁止にしていたという設定になっている。

 「もともとワトソンが書いていた」のだから、当然ヴィクトリア朝時代(設定は1890年)らしき文体と描写が完璧に再現されている。それでも原作との食い違いは存在するらしく、訳者によって指摘されている。それに公表禁止って言っても、ホームズが関わるのは市中の事件であって、国家間の外交的機密じゃないはずなのに、そんなことがあるんだろうか。しかし、最後まで読んでみると、なるほど「当時は公開できない」ことが納得出来る。そして、今ならそれが書けるということも。でも、それだけに「多分あれかな」と読者は想像出来てしまうかもしれない。(僕は想像が的中した。)

 もう一つ、今回書かれた2作は、いずれもアメリカ絡みになっている。アメリカも発展してきて、イギリスまで犯罪者が「進出」してくる。それは時代を表現するだけでなく、世界最大のミステリー・マーケット向けのサービスかもしれない。ホームズが「ベーカー街別働隊」(街頭の悪童連)に捜査の協力を頼むと、少年の一人が殺されてしまう。真相を探っていくうちに、ホームズ史上最大の危機、ホームズが逮捕され監獄に送られるというあり得ない事態が起きる。そこから「脱獄」する経緯など、実に上手く作られて関心する。そして驚くべき真相に至るわけだが、それは王室まで巻き込みかねない大スキャンダルだったらしく、公式には「封印」されてしまったということになる。「よく出来ました」という作品。
(ライヘンバッハの滝)
 「絹の家」事件の翌年、1891年にホームズはスイスにある「ライヘンバッハの滝」で宿敵モリアーティと対決、二人して滝に落下して行方不明となった。公式的には二人とも死亡したとされる。コナン・ドイルはホームズものばかり書かされるのに飽きてしまって、歴史小説などを書くためにホームズを死なせることにしたらしい。しかし、読者の期待、あるいは抗議が絶えず、結局「過去の未発表の事件」を書かざるを得なくなり、さらに「実は生き残って東洋を放浪していた」ことになって復活した。テレビで死んだはずの寅さんが、要望が多くて映画化されたようなものである。
(「モリアーティ」)
 ところで、そのイギリス犯罪界の黒幕、モリアーティ教授という人も取って付けたように登場する感じが強い。そんな黒幕がいたんだという突然の登場である。ホロヴィッツの「モリアーティ」(Moriarty)は、そのモリアーティが国外に出た事情がはっきりされる。アメリカの犯罪王がイギリスを支配下におくべくロンドンに来ていた。そしてモリアーティの部下たちも、どんどん寝返るか、殺されるか、逮捕されてしまった。そんな中で、ホームズとモリアーティは追われるようにヨーロッパ大陸へやってくる。

 そして彼らを追って、アメリカのピンカートン探偵社から調査員が送られる。また、ロンドン警視庁(スコットランド・ヤード)からもジョーンズ警部が出張してくる。(この人は原作にも登場するという。)調査員によれば、アメリカの犯罪王クラレンス・デヴァルーからモリアーティに手紙が送られた形跡があるという。モリアーティらしき死体から、確かに手紙が発見され、その暗合が解かれる。かくして二人はイギリスに戻って、二人の出会いの場で待ち受けることにするが…。そこから続く謎また謎、殺人また殺人の連続を語るのは、ピンカートンのフレデリック・チェイスという調査員である。

 この作品は、直接にはホームズもモリアーティも登場しないという体裁で進行する。いわばホームズ外伝なのだが、本当にそうなのかと最後まで疑いながら読む。それでも最後近くの展開は予想外で、いやあ驚き。この小説では、基本的にはアメリカの犯罪組織対イギリスの犯罪組織という構図がある。ホントにそんなことがあったわけではないだろう。まあ、今の時点で面白くする趣向だ。どっちも「過去に書かれた犯罪実録」ということになっているが、実際は現代ミステリーである。ホームズものは案外簡単に結論が出てしまうが、この2作はあちこちに飛びながら細かな分析がなされる。長いから「ホンモノ」のホームズより、読むのが大変だが充実感もある。さすがホロヴィッツだなという読後感。
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