波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

     白百合を愛した男    第59回

2011-01-14 10:26:47 | Weblog
社長の出社は早い。8時の始業なのだが7時過ぎには来ている。人には朝型と夜型とあるが、若い人たちに朝の早いのは苦痛で、社長の出には少し閉口している。体操と朝礼が終わると工場視察もそこそこに降りてきて、専務を呼び込み社長室で話し始めた。
「昨日は簡単に合意に達し、行動に移せると思っていたのだが、あんな意見が出るとは思わなかったよ。君はどう思ったかね。」「私も少し意外でした。元来自己主張ははっきりする人ですから、意見はあると思っていましたが、あそこまで反対するとは思っていませんでした。」「恐らく、あそこまで言い切ったのだから、これからも妥協は無いだろうし、この計画には賛成はしないだろう。そうすると、このまま押し切るか、継続審議として先送りにするかということになるが、」「社長はどうしようとお考えなんですか。」
「はっきり言ってこの計画はすぐGOをかけたいと思っている。リスクは承知の上だ。
本社も説明にもよるが、協力してくれると思う。」親会社の関係会社は20社以上あるが、その中で海外進出は少ない。社長とすればこの会社へ着任し、その成果をこんな形でアピール出来るのは絶好のチャンスである。それは本社評価を高めることにもなり、地位保全にも繋がるのだ。「しばらく冷却期間を置くと言うことで社内は説明して、時間を貰って東京へ行って下話をして来ようと思っている。」「それは是非お願いします。私もお供したいのですが、今はまだ早いかと思うので、色々調査をしておきます。お帰りになったら、社内決議をしてスタートしましょう。」二人の意見はまとまった。
翌日、社長は出張として、東京へ向かった。親会社のある八重洲の本社には彼にすれば長年住み慣れたところでもあり、懐かしくもあった。今回の用件は彼にとっては晴れがましかった。胸を張って話せることであることが嬉しかったのだ。
「どうだい、岡山の生活は、君は岡山の暮らしは始めてだったかね」関連会社担当の役員との差し向かいの昼食の場である。個室でのうな重は彼の好みを承知のメニューでもあった。乾杯としたビールで少し高潮した頬にうなぎの香ばしい香りは強かった。
田舎の料理で暮らしている彼にとって、この高級な食事はやはり大きな羨望でもあった。
食後のコーヒーを飲んでから、二人は本社の奥深い役員応接室に入った
そこは厚い絨毯の敷かれた静かな部屋であり、誰も来ることは無かった。彼は何時かこの本社へ帰る事を心に固く決心していたのだ。

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