波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

  オショロコマのように生きた男   第2回

2011-06-13 09:39:53 | Weblog
目をつぶると今日一日の流れが頭に浮かんでくる。お客の顔が次々に浮かびその時のことをなぞるように思い出している。いつもと変わらぬ心の通わぬ会話であり、自分の都合だけを思わせるやりとりが続く。どうでも良いような話を次から次へと聞いているうちにうんざりしていい加減嫌になってくる。ただその記憶の中で強く残っていたのは、りんご園を経営している店の女主人の姿だった。時々その店の社長の用事で顔を出すのだが、言葉を交わしたことは無い。社長からは行くといつも声をかけられていた。「君はまだ新人だな。しっかり頑張れや」と言われ、照れくさく黙って顔を赤くしたおぼえがあある。
その店には月に一度か二ヶ月に一度の訪問で忘れるとも無く忘れていたのだが、その女主人の女将のことは残っていた。今日もいつものようにその店で仕事をしたのだが、いつもの社長の姿が無く、女主人が仕事をしていた。気にも留めることなく仕事を進め、片付けていたのだが、店にいるその姿の立ち居振る舞いがなぜか気になっていた。
帰ろうとすると、急に後ろから声がかかった。「今日はご苦労様、遠いのに何時も大変ね。こんな田舎まで来るの億劫でしょ」始めて話しかけられて、急にドキドキしたが、
「いやあ、仕事ですから別に何とも思いませんよ。」いつものようにそっけなく返事をして帳簿を片付けて帰ろうとすると、他に誰もいないことを確認するようにあたりを見回し「宏さん、りんごをむいてあるの。食べていらっしゃい」、いつもはコーヒーが出て、それが宏には嬉しく、そしてそれが楽しみにしているのだが、今日は珍しい。本当は甘い団子か饅頭の方が良いのだが、内心思いながら、「ありがとうございます。ご馳走になります」とお愛想を言って店から裏へ回り、母屋の方へ向かった。
大きな庭に面した廊下があり、そこには何時の間にか用意されたりんごとお茶が出されていた。庭には女将の手で植えられた季節の花がたくさんの花を咲かせている。
エプロンをとった和服姿の女将がりんごを向いた皿を載せたお盆を載せて持ってくる。
お茶を飲み、りんごの甘酸っぱい味をかみ締めながら庭を眺めていると、さりげなく話しかけてくる。「何時か聞こうと思っていたんだけど男の人なら聞いてもおかしくないわね。幾つになるの」突然のぶしつけな質問だったが、何となく惹かれるものを感じていた人だけに何の抵抗も無かった。「いくつに見えます。本当はこの仕事をしている同僚はみんな若いのが多いんですが、私はちょっと回り道をしたこともあり、結構年食っているんですよ。もう30近いんです。」「そうなの、それじゃあ、私とあまり違わないわね。」
「それじゃあ、奥さんいくつなんです」思わず口に出そうになって慌ててお茶を飲み込んだ。

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