波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

白百合を愛した男  第16回

2010-08-13 09:04:19 | Weblog
店において販売しても誰も買いに来る人はいない。品物は小さな袋に入れられ、厳重に包装されている。何しろ一旦袋が破れてそれが何かに付いたら真っ赤に染まり、それは簡単に落ちるものではない。見る人によっては薬というよりは、危険物にも見えるし、場合によっては毒物にも見えたかもしれないのだ。しかし、実際は無機の顔料で全くの無害なものである。それが証拠に色つけの食用、(例として小豆、チョコレートなど)、染料(糸他の染物用)などにも使われていた。美継は一日もじっとしていることは無かった。訪問予定が終わり、帰宅すると、次の訪問先を決める。すぐ買ってもらえるか、どうか、そんな計算は出来ない。何しろ始めて扱うものであるし、誰もが知っているものでもない。自分で使うであろうと思われる業種や店、工場を訪ねて、調べるしかない。
真面目すぎるその人柄は、誰かに言われなくても、又誰かが見ているからとか、そんな手抜きの行動はなかった。それは山内氏の信頼を受ける最大の特徴でもあったのだが、休みもなく一日、一日を働いていた。ただ、日曜日だけが彼の最大の休息日であった。
それは浜町に店の近くにある教会の礼拝である。朝の食事を済ませると長男の息子を連れて日曜学校へ行く。神の前に祈りを捧げる。一週間を振り返り、無事に過ごせた恵みと感謝そして自分の犯した罪、それは自分のことだけを願い、人をそねみ、溜め口をしたことを告白することであった。そんな思いは牧師による説教を聞いているうちに洗われて、新しい力を与えられ、帰宅することが出来るのだった。疲れをとるのに良いよと進められてお酒を飲むことを教えられたが、口にすることは無かった。(実際に飲めば飲む事が出来たかもしれない)それは明治に生まれ、ストイックな考えで生きてきた彼の信条であったのか。
食事も妻の出すもので、不平を言うことは無く、生活習慣は誠に規則正しいものであった。
日曜日の午後は、子供つれて、ニュース映画専門館へ行くか、その頃上野に出来ていた動物園で子供と一緒に楽しむことであった。
長男はすくすくと成長し、5歳になっていた。その頃妻から新しい命の知らせを受けた。
妊娠である。美継は無邪気に喜んだ。「今度は、女の子だと良いね。楽しみだ。身体に気おつけて良い子を産んでくれ。」いつもより優しいいたわりの言葉かけだった。

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