波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

思いつくままに

2012-08-28 08:56:43 | Weblog
間もなく9月の声を聞こうとしているが、真夏の猛暑が続いている。何とか日々工夫をしながら耐えているが、体力気力に影響が出るのは仕方がないことと思いつつ、昨年との比較をしてみた。去年の日記には確かに8月に入り少しづつ気温は上がり
30度を越える日が続いているが、20日頃から30度を越える日は少なくなっている。大した違いではないと言ってしまえばそれまでだが、「暑さ、寒さも彼岸まで」ではないが、お彼岸が待ち遠しいこの頃である。
オリンピックも終わり、夏の高校野球も終わった。町内の夏祭りも終わり、夏の行事が過ぎていこうとしている。
若い選手が活躍し成長しつつある姿を見ながら、自分もそんな時代があったことを懐かしく思い出していた。
高校時代には弁論大会や討論会へ出場し、新聞部であちこち駆け回ったこともあった。今から思うと何とか自分を目立たそうとする意識が働いていたのか(自分の才能は別として)そんなことをしなくても人の目に止まる人は何もしなくても目立ったものだった。それは女性の場合だと顕著である。美しいと言う姿、形で知らないうちに男の学生に目をつけられて、何時の間にか噂になり、学校中に知られていたりしたものだ。(男性の場合としても
あると思う)
そんな時、何となくその人が羨ましかったり、気になったものだが、それはこっちは知らなくても、知られていると言う光栄見たいのものがほしかったのかも知れない。
実際、人間がこの世で生きていて誰からも振り返ってもらえない、声もかけられないと言う事は淋しいことかも知れない。
家族はその中で最低限の「輪」であろう。小さくても、少なくても家族はそんな時大きな力となっていることを改めて知らされる。しかし、ここでもし、目に見えない神を信じることが出来るならば、神はいつも「あなたのことは全て知っている」と
言われるに違いないと考えることが出来る。それは何時、何処にいても、そして何をしていても大きな喜びであり、力であることを感じることが出来るのである。どんなに美しい人であっても、姿かたちの良い人であっても、権力のある人でも何れは
消えて、衰えていく。そして人の心は移ろいやすいものであり、その場限りかも知れない。
しかし神の目は永遠に変わることなく私たちを見つめ続けているのだ

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