波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

   音楽スタジオウーソーズ    第12回

2014-08-25 11:21:43 | Weblog
光一の仕事は特別変わりはなかったが、朝、家を出るときには不思議に元気があった。
特別何かを期待したり、予定があるわけでもなかったが何か良いことがあるような気持ち
になっていた。それは光一の今までの人生ではなかったことであり、初めてのことであった。小さいときから父に叱られっぱなしであり楽しい思い出は殆ど記憶になかったし母にも特別な思い入れはない。父に叱られているときでも母は黙ってみているだけだったし、
かばってくれた訳でもなかったからである。学校でも親しい友達がいたわけでもなく、皆に混じって遊ぶことはなかった。
ただ楽器を持って何かをしているときだけが心が休まり、癒されていたのである。そんな光一にとってこんな気持ちになることは生まれて初めてのことであった。春子の存在が自分に影響をしたと言うわけでもない。ただ挨拶程度の話を交わしただけのことである。
しかしそれだけで気持ちが変わったことは事実であった。
「人は変わることが出来る」光一は昔図書館で読んだことのある一冊の本を思い出していた。「人を動かす」確かそんな本だった気がする。変な題名の本だということだけで
読んだのだが、あまり内容について覚えていない。ただ人との交わりの中で、変わったと
感じるような事が起こることがあると言うことだった。
そしてある時偶然昔の友達に会ってしまった。彼はおとなしい光一に何かにつけて絡むこ
とが多く、ねちねちと嫌味を言ったり意地悪をしたりしていたので、出来るだけ目をそらしてやり過ごそうとしたのだが、「外処君じゃないか、今何をしているんだい」と声を
かけられて仕方なく、「楽器店ではたらいているんだ」と言うと「そうだ、君は音楽好きだったし、何でも出来たもんね」とやさしく話してくれる。
「今度僕も君の店に行ってみるよ」いつもなら嫌味のひとつも言うはずだが、いやにやさしい。光一はその変わりように驚いていた。何があったのか、大人になったと言うべきか、よく分からない。昔のままのイメージで人を見ていてはいけないのだ。
光一はその時、人は環境や考え方、その人の人生の中で変わることはあるのだと学ぶことが出来た気がしていた。「でも性格は変わっていないだろう」と内心は警戒心もあった。