【気品のあるベートーベンのピアノ三重奏「大公」】
バイオリンの千住真理子、チェロの長谷川陽子、ピアノの仲道郁代。日本を代表する各分野の演奏家が一堂に会する贅沢なコンサートが28日、大阪市のザ・シンフォニーホールで開かれた。トリオが最初に結成されたのは2010年2月。この同じ会場だった。今回のプログラムは一般に馴染みのある独奏曲や二重奏に続いてベートーベンのピアノ三重奏曲第7番「大公」。各楽器の多彩な表現力や息の合った演奏を堪能させてくれた。
最初に登場した長谷川はバッハの無伴奏バイオリンのためのパルティータ第2番「シャコンヌ」。難曲のバイオリン曲として有名だが、長谷川はチェロを巧みな指使いで弾きこなし、バイオリンとは一味違った深みのある演奏に仕上げた。続いて仲道がドビュッシーの「月の光」とショパンの「バラード第1番」。「月の光」は優しくきらめく音の光がまさに天上から舞い降りてくるようだった。
千住は仲道との二重奏でバッハ/グノーの「アヴェ・マリア」、続いて兄の明編曲の「夕焼け小焼け」を演奏した。千住の演奏ではついバイオリンそのものに注目してしまう。ストラディヴァリウスの最高傑作といわれる「デュランティ」(1716年製)。ローマ法王からフランスの貴族デュランティ家、さらにスイスの富豪を経て千住の元にたどり着いた。その運命的な出会いについては母、文子の著書「千住家にストラディヴァリウスが来た日」に詳しい。
このバイオリンが製作された約300年前の1716年というと、ヴィヴァルディやバッハが活躍していた頃。ベートーベンやモーツァルトはまだ生まれてもいない。千住は演奏前、この楽器について「非常にデリケートで朝から晩まで一日中気がかり。このバイオリンのために生きているようなもの」と話していた。二重奏に続いて第2部の最初にクライスラーの「レチタティーヴォとスケルツォ・カプリス」を独奏した。高音はどこまでも伸びやかで、低音は温かく包み込んでくれるような響きだった。
この日の目玉は「大公トリオ」。ベートーベンはすでに耳が聞こえず過酷な運命を乗り越えて次々に作曲をしていた円熟期の1811年、41歳の時の作品。交響曲ではちょうど第7番の作曲時期とほぼ重なる。ベートーベンは経済的な支援者ルドルフ大公にこの曲やピアノ協奏曲「皇帝」など14曲を献呈している。仲道、千住、長谷川の3人は40分にも及ぶこの大曲を、気品を保ちながら繊細かつ力強く演奏した。第1楽章はチェロとバイオリンのピチカートが心地よい。第3楽章は美しく、第4楽章は快活な演奏で、各楽章ともめりはりが利いていた。
アンコールはメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番第2楽章。演奏の合間には3人がマイクを持ち「演奏家に必要なのは体力と集中力」「今日はトンカツ」「私は卵パワー」と愉快なおしゃべり。中でも千住が毎日生卵を3個以上丸飲みするという話には会場爆笑。千住が兄編曲の「夕焼け小焼け」を弾く際には、仲道が「そんな時便利ね、近くに(作曲家の)お兄ちゃまがいて」と振ると、千住は「ところがなかなか書いてくれなくて大変なの。持ち上げたり下げたりして……」と話し、また会場の笑いを誘っていた。