心の色を探して

自分探しの日々 つまづいたり、奮起したり。
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母とテレビを見ながら

2014年10月20日 | 母のこと
昨日の午後 夕飯の準備も早々と終え、母とテレビを見ていたときのこと、画面では 認知症の方で行方不明になったまま身元がわからないという番組が放映されていた。二人とも 食いいるように見ていた。
わたしは途中から見たので 最初に出ていた女性がどこの方かわからなかったが、途中で 再度出てきたときにその方が横手の方だということを知った。まだ母親の行方はわからないままだ。ビラを作り 配ったが、何も連絡が無いまま・・・
一方 別の場所では 見知らぬ人の後ろをついていって警察に保護された女性が出ていた。保護されたときには身なりにあった名前とその方に聞いたときに答えた名前で検索したが、名前が違っていて 検索には合致する人がいなかった。その後 施設に入り そのまま7年という月日が過ぎた。入所当初の姿を写していて その後毎年写していたその姿を見ていると あきらかに顔から表情が失われていっていた。
母もわたしも その顔を見て びっくりした。認知症を患っているとはいえ ここまで変貌するものなのか・・・その後 テレビを見た夫から連絡があり、7年経ってから再会するが、すでに妻は夫のこともわからない状態だった。だんなさんも手をこまねいていたわけではなく ビラを作り あちこちで探し歩いていたのだが。

母が
「認知症になっても 外を歩き回れないから返って自分にとっては良かったのかもなぁ」と言った。リュウマチと喘息で ほとんど少ししか歩けないから、この家の中にいるしかないという諦めが言わせた言葉だ。
番組を見る前に 母はコタツに入りわたしが買ってあげた『小学生で習った日本語』という本を開き 一生懸命当てはまる漢字を入れていた。後ろのページに答えが書いてあるので 答え合わせをするたびに一喜一憂していた。そんな母を見ていたので
「母さんなら大丈夫だよ。頭の体操しているから。」
と言った。そうかぁっとちょっと嬉しそうな顔をしていた。

ふと この母がこれから先 認知症を患ったら?と考えた。想像できないのだが、人間 先のことはわからない。母に
「お前もまだ若いなんて思っていないで 家の中にばかりいないことだな。ひとりでいて本ばっかり読んでいたってだめだ。もっと外に出たほうがいい。といっても出すぎもよくないけどな。」
と言われた。ほどほどに出て 刺激を受けたり 人と接したりすることが大事だと言いたかったのだろう。確かに夏以来 更年期症状がひどくなり 外に出ることから遠ざかってきた。遠ざかるとそれがだんだん心地よくなってきた。外に出るのがひどく疲れて 人に会うことに気遅れを感じることが多くなった。
やりたいことがたくさんあった あの頃の自分はどこへ行ったのだろう・・・
そんな自分の後退現象を母はしっかり見ていて、
「ここに来て世話をしてくれることはありがたいけど、もっと他に出ていくこともお前には必要だよ。一人暮らしの人は特にな。」
と言う。
娘に迷惑をかけているという思いが常にあるからだろう こういった言葉を言うようになった母。
わたしからすれば 母がいてくれるから、一日が充実しているのだけど。それでも母のありがたい思いはしっかり受けめようと思う。

そう思いながら 車のドアを開けると、助手席にはまた新たに買った本が三冊置いてあった。う~ん・・・これ以上 買わないようにしなくては。