経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

少子化論と非正規問題

2013年06月09日 | 社会保障
 原因が分からなくても、問題は解決できる。問題が深刻であれば、原因と考えられるものに手を打って次々と潰していく。その過程で効くものが分かり、原因が特定されることもしばしばだ。日本の少子化対策は、原因が不分明だからと言って、戦力の投入を惜しんできた。戦争の最中に、海軍と陸軍のどちらを増やすべきかの議論ばかりしていたら、敗北は免れない。正解は「全部やる」である。問題が深刻ならば、そうなる。

 松田茂樹先生の「少子化論」は、問題の全体を俯瞰した上で中身も濃い。「少子化の要因は雇用の劣化による未婚化にあり、特に非正規への支援が優先課題である」という先生の主張は、一般の方には新鮮なものだろう。むろん、筆者にとっての驚きはないが、地域差や国際比較など刮目する論点は多かった。問題把握に欠かせない第一級の書籍であり、今後の政策対応の基礎にならんことを願う次第だ。

 とは言え、先生の「少子化対策として、若い非正規雇用者の待遇改善が大切」というところに戸惑う向きもあると思う。それは「少子化対策の範疇を超え、雇用政策や経済政策の問題ではないか」と受け取られる可能性があるからだ。そして、非正規の待遇改善が原因なら、それは景気の立ち直りを待てば良い、あるいは、経済構造の問題なら、少子化対策は無力ということにもなりかねない。

………
 非正規は出産時に退職を選ばざるを得ない者がほとんどだから、育児休業も休業手当も手が届き難く、保育園に入れる際も不利になる。夫が正規なら頼れもするが、今の日本では、頼れるほどの所得の持ち主は限られる。結婚は子供を持つことを意味する日本においては、結局、非正規にあると、男は結婚をあきらめ、女は現れることのない相手を待ち続けることになる。

 こうしたことを聞くと、経済構造を変えない限り、救いようがなく思えるかもしれないが、フランスは、非正規や日本以上に深刻な若年失業の問題を抱えながら、少子化を克服した。それは社会保障が整っているからである。要は、日本は、財政再建を優先して、若者の問題を後回しにしたのに対し、フランスは必要と思われる手をすべて打って、まじめに取り組んできた。その違いである。

 「日本の財政状況では、後回しも仕方がない」という人も居ようが、そもそも、1997年のハシモトデフレで極端な緊縮財政を行い、経済を壊した結果が、税収の激減であり、非正規の急増であり、出生率の低下だった。出産年齢を調整した合計特殊出生率は、1996年に1.63だったものが、2001年の1.34へと急落し、その後、景気とともに、わずかずつ回復し、ようやく元に戻りつつある。近年の少子化は、稚拙な財政が「作った」ものなのである。

 更に言えば、日本の財政当局は、消費増税が決定してもなお、待機児童一掃のための保育所整備は「上げた後」という姿勢だった。安倍首相が前倒しを指示して、ようやく着手となったところだ。待機児童のような、誰の目にも必要性が明らかなものでさえ、こうである。まして、非正規を救うための新たな社会保障など、夢のまた夢だろう。団塊ジュニアの出産適齢期が過ぎ、人口減が現実のものになっても、未だ財政が第一なのだ。

………
 そこで、そうした「財政破綻恐怖症」を何とかしようと、年金制度を工夫し、新たな財源を必要とせずに大規模な少子化対策を可能にしたのが、御存知「雪白の翼」である。実は、このプランの中には、松田先生が最重視する非正規への対応策を練り込んである。その第一は、パート、アルバイトを含め、賃金をもらう者は、すべからく厚生年金に加入させるようにしていることである。

 筆者は、日仏ともに非正規や若年失業に悩む中で、出生率に違いがあるのは、日本は社会保険の適用に段差があることだと考えている。130万円の壁は、正規と非正規を歴然とさせ、同一労働同一賃金の障害になっている。壁があれば、その中に、押し込めよう、止まろうとする力が働く。段差がなければ、待遇や残業に差をつけることは難しくなる。

 第二に、保険料率の低減措置を設けていることだ。正規と非正規に無差別に厚生年金を適用せよと言っても、高くなった現在の保険料率を低所得にかけるのは、企業にとっても、非正規にとっても無理がある。低減措置は、適用拡大を企業に受け入れやすくするとともに、従前より保険料負担を軽くして、非正規の実質的な所得水準を高めるものになっている。

 第三に、年金制度からの現金給付で、育児で働けないときの所得保障を十分にしたことだ。とりあえず月額8万円を3年間だが、1年目に重点化もできる。雇用保険からも、継続雇用を条件せず、併給できるようにすれば、1年目の育休の所得保障を、北欧並みの9割にすることも可能だ。

 ちなみに、現金給付は、保育需要を減らして、待機児童を緩和することにもなる。筆者も、松田先生と同様、0歳児の保育は省けると考えている。「少子化論」にあるように、北欧では現実になっているし、女性のニーズが大前提だが、月額14万円まで現金支給をしても、行政コストの面では現物支給より効率的だ。現物か現金かという議論は不毛で、どう組み合わせるかが大事である。

 なお、年金制度からの給付としては、奨学金制度を設けることもできる。いわば、自分の老後の年金給付を担保に借りるわけだ。進学によって将来の賃金が高まるなら、合理的な選択となる。確実に利用できるし、借金とは感じられず、無利子で借りられるように見えるので、精神的に非常に楽になる。あとは、引退まで精一杯働いて、より多くの保険料を納めようとなる。奨学金制度は、子供を持ちたいと思うとき、将来の教育費への心配を軽くもする。 

………
 年金制度を駆使すれば、負担増なしに給付ができると言うと、不思議な感じがするかもしれない。それは、少子化というのは経済的に不合理な行為だからである。不合理を正すから、それが可能なのだ。少子化を克服しなければ、その社会は長期的には必ず絶滅してしまうわけだから、それだけも不合理は直感できると思う。

 当たり前だが、出産と子育ては若いうちにしかできない。若者を安く使ったり、労働力のバッファーに利用することは、その場限りでは、利益になるかもしれないが、人間が再生産されなければ、企業だって長期的には労働力を得られなくなり、経営が立ち行かなくなる。若者を搾取する行為は、乱獲する漁民と変わらない。魚が居なくなってからでは遅い。社会保障は、こうした短期的な利益のために長期的に不合理な行動を是正するところに意味がある。

 個人レベルで見ても、今のままでは、団塊ジュニアが高齢期を迎える25年後、「自分の親は支えても、次世代を残さなかった老人たちは支えない」という反乱が起こるだろう。そこで初めて、少子化の不合理を実感し、悔やむことになる。そして、そんな人生の選択をやむなくした過去の無策を恨むのである。

 デフレの今は、社会保障を充実するチャンスでもある。インフレの下では、同時に増税をして、経済運営の調整をしないとならないから、難度が増す。チャンスというのは、逃した後で気がつくものなのだがね。逆のインフレ時が消費増税のチャンスになるが、日本は、デフレ脱出を見通せない中で、消費増税に加え、社会保障の聖域なき見直しまでやりたいらしい。

………
 松田先生は著書の中で、「未婚化が日本の少子化の最大の要因だが、20~40代全体の結婚・同棲率は、出生率が高い欧米諸国と同じ程度であり、20代が極めて低いのが特徴」とし、「異性との交際経験もフランスと同程度」とする。また、「日本男性の非正規の結婚・同棲率は2割を下回るのに、他の国では4~6割であり、年収による差も小さい」という指摘もしている。

 筆者には、こうした違いは、若者への社会保障給付の厚みの差だと思える。少子化は、景気の悪化に伴う非正規の急増だけではなく、その問題への社会保障での対応の差もある。フランスは、ドイツとの関係もあって、戦前から、人口減が国家の衰退に関わるとの意識が強かった。そうした深刻さが背景にあっての社会保障の充実である。国民を消費税を取る対象としか思わない国とは違うのである。

(昨日の日経)
 首相・設備投資に減税。円乱高下、一時94円台。米雇用17.5万人。株価、黒田緩和前に迫る。1%大台で日銀は入札日購入。今こそ道路族・インド。

(今日の日経)
 中国で短期金利急上昇。地熱・40年夢見る町。農業委員会とパン用小麦・吉田忠則。韓国ロビー。政策新人類に若き中曽副総裁。読書・少子化論。世界を変えた17の方程式。

※中国の異変は重大だ。※読書欄にあるから要約はこちらを。※まだまだとは思いつつ、衰えも感じるこの頃だ。それだけに力のこもった本との出合いはうれしいよ。

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16 コメント

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Unknown (テリー)
2013-06-09 15:45:47
未婚化が少子化の最大の要因であるなら、未婚化の最大の要因は女性の社会進出(地位の向上)でしょう。
女性は(男性も)、魅力的な人がいない限り結婚はしません。男性よりも地位の高い女性が昔よりも増えているのですから、女性にとって魅力的な男性が減り、結婚しない女性が昔よりも増えるのは合理的ですし当然の話です。
結婚した人だけが、子供を3人も4人産めばいいのであれば、出産育児にお金を回せばいいでしょうが、それは社会の分断を生み、間違いなく社会の不安定化を招くでしょうね。
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少子化は未婚ばかりではなく晩婚化が原因、 (姫野守)
2013-06-10 03:00:49
非正規雇用は勿論だか、もし、すべて国が雇えばいいのかというはっそうはどうか、自衛隊に強制的に勤務させる徴兵制はどうか、三年間務めさせる制度を日本は実施すべきだ、つまり弾力化した公務員だ、、二年間は戦闘訓練を課し一年間は民間企業に出向させる制度二してはどうか、たまに思う、高校も義務教育かするなら有りだと考える、軽薄な受験勉強ではない、国に奉仕するのは当たり前だ、進路を適性検査して、国が決めてやるそうして結婚相手も同様だ、25歳までに結婚させるというのはどうだろうか、三十歳までに離婚したら、再度、自衛隊にて先頭訓練を貸す、簡単に離婚できないせいどにすること
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エマニュエル・トッドの議論、【ch桜】女性問題を保守に奪還せよ、【google】Public Data【出生率】を参考にして (Unknown)
2013-06-10 05:28:14
アメリカとフランスは出生率が「2」以上だったと思うけど、その国の中のどういう人種がポンポン子供産んでるのかな?白人♂×白人♀、白人♂×移民♀、移民♂×移民♀…言いたいことはわかりますよね?

女性は二十歳そこらになったら結婚して子供産むという風潮にならないと少子化は止まらない。

ある程度社会が安定して、男女とも適当な教育をうけられるような環境になると、男女とも社会に出て何かを成したい、手に入れたいという野心ができちゃう。

そうすると子供なんて生んでる場合じゃなくなって、生みたいと思ったときには30歳オーバー。子供を産める状態じゃない。

(識字率が上昇してきたため)世界的に出生率は縮小傾向にあるが、とくに出生率「2」を下回るのは日本だけでなく、先進国の多くが抱える問題。

景気がいいとか悪いとか、インフラが整っているとかいないとかという、そういう(金銭だけで解決できるような)小手先のことで少子化問題は解決できない。日本は(日本以外の先進国も)1975年くらいからそれ以降出生率はずっと「2」を下回っているわけで、その間に景気や雇用が良かったときもあったわけで。

(論外だが)お猿さんみたいになるか、(男尊女卑にまで戻れとは言わないが)ある程度の封建的な家族制度を取り戻すしかない。

教育現場で、一生1人の人を愛するその人に身も心も捧げるんだよではなく、コンドームのつけ方をやってるようでは無理。自由主義とどこか一線を画す部分がなければ少子化を防ぐことはできません。

いやお猿さんを量産しようとしているのかな。
最近だとジェンダーフリー推進している連中に、売春批判される筋合いはないよ。
自由主義と一線を画す部分がなければ、非道徳的なことに対して批判することはできない。
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Unknown (KitaAlps)
2013-06-10 11:52:54
 たしかに先進国は趨勢的に、出生率、合計特殊出生率が下がってますよね。

 経済変動の影響や政府の政策に関係なく、先進国に出生率に低下傾向があることは事実です。これは、女性の社会進出とか、豊かになって価値感が多様化したのが原因だとかいわれてますね。

 しかし、このほかに、先進国の発展によって、家族の解体、核家族化の進行、地域社会の解体が出生率低下に影響しているようにも思います。以前は、そうした制度が、結婚や子育てを支えていたわけですが、それがなくなったことが出生率低下の原因の一つになっていると思います。

 かつての三世代同居家族内では、各世代が互いに子育てや、働けない高齢者(場合によっては障害者など)を支えあう仕組みがあったと思います。それが工業化の過程で、どんどん解体されていきました。解体に対応する制度として、社会が高齢者を支える年金制度や、社会が子育てを支える保育所などの制度が生まれてきています。家庭内で行われていた支え合いを社会全体で支え合う仕組みが必要になってきたわけです。

 それが十分な国では、出生率の回復が見られるように見えますし、不十分な国では、回復が見られないということだと思います。
 もちろん、移民や人種構成の影響もありますが、それだけではないでしょう。実際、人種などによって出生率の水準に差があるのは事実ですが、出生率の変動は、人種に関係なく同期しているようです。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/8650.html

 また、単純な「出生率低下」という趨勢とは離れて回復した国もあります。一旦低下した合計特殊出生率が2近くまで回復した例としては、フランス、スウェーデン、英国とか米国などがありますが、その原因としては(移民の増加の影響も小さくないとも思いますが)国によっては国の政策の変化の寄与もあるようにも思います。

 一般に、短期の経済変動は出生率に影響していないと考える人も多いのですが、実は先進国の合計特殊出生率が一様に急低下した時期があります。1970年代です。
http://homepage2.nifty.com/tanimurasakaei/syu-se-ri-suii.htm
 一見、1960年代からの低下の延長のようにも見えますが、より急峻な「崖」があるように見えます。日本もこの時に急落して人口置換水準の2余りを割込みました。

 この時期は、ちょうど二度のオイルショックがあった時期です。しかも、世界の平均成長率の水準が切り下がった時期でもあります(ちなみに、ちょうどこのころが、ケインズ経済学に代わって新古典派経済学が台頭し、それに基づいて、「大きな政府」を批判する新自由主義が国の政策に対する影響力を強めた時期でもあります)。この時期には、世界的に、先進国の経済的な将来について不安・不確実性が強まったようにも思います。
http://kitaalps-turedurekeizai.blogspot.jp/2013/06/gdp.html

 単純ではないですが。
 
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Unknown (Unknown)
2013-06-10 21:57:34
フランスなどでは特に移民の出生率が高くなったと言う話は聞いたことがあります。
パリはあと2-30年で移民に乗っ取られてしまうなんて言説もあるし、
スウェーデンの暴動でも明らかになったように移民政策には別の問題もあるように思います。
フランスでは結婚していないカップルにも育児支援を行うと言った政策が採られているようですが
日本では、婚姻子がほとんどなのでこの政策をマネするだけではうまく行きそうにありません。

私が思うに、出生率の低下には段階があって
人口置換水準の近傍にある場合、
(例えば、先のジャスミン革命も出生率の低下と教育水準の上昇から予想ができたと言った話もある)
ここ20年の日本のように、さらに一段の低下を見る場合で
アベノミクス前までは新興衰退国なんて言われ方をしていたことも考えるに
デフレスパイラルと同様の人口減少スパイラルに陥っているのではないでしょうか。
コメントされているみなさんの議論は
最終的な目標をロス率も含めてた2以上に持っていくのか、
まずは多少の増加を目指し、それで良しとするのかで具体的な政策も変わっていくのではないでしょうか?
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Unknown (1802)
2013-06-11 06:59:36
出生率
http://bit.ly/11v601Y

1973年に始まった出生率の低下は
1981年に出生率「1.74」で底をついたと思ったが、
1984年「1.84」をピークにまた低下をはじめ、
1993年「1.46」でまた底をつき、
1994年「1.50」をピークにまた低下をはじめ、
2005年「1.26」が最近の底である。

関連すると思われる事象は
1973年の第1次オイルショック
1979年の第2次オイルショック
1985年のプラザ合意
1989-90年の日米構造協議
1986-95年のウルグアイ・ラウンド
1996-2001年の金融ビッグバン


不確実性の高い、過酷な地域で出生率の高い国はたくさんあります。

が、

構造改革が従来の家族観や共同体を破壊したのでしょう。

     
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Unknown (Unknown)
2014-01-26 19:04:02
すいません。女性として、
バカな男ばっかり結婚に踏み切れないのでは?
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Unknown (Unknown)
2014-03-27 11:21:18
↑男性も馬鹿な男ばかりだと言っている女性を見て己を知らぬ馬鹿だとスルーしてるよ。
返信する
低所得階層の拡大が少子化 (Unknown)
2015-11-29 15:25:28
 結婚後の出産子育てに対して、重点的に政策をしている政界に問題があるのでは?少子化対策ポストも用意していながらね。問題を分かっていながら放置や見ないフリをしている。

 結婚前の就職、非正規雇用の増加、短期離職企業の増加、雇用の悪化が一番の原因と思います。現在出産した人をもう一人出産すべきという評論家も少し違う。

 この国は、年功序列が最大のスキル、従って、新卒以外を安く使用した結果が、消費支出の低下、しかも、
設備投資の低下 内部留保の拡大。経営者だけを支援した結果ではないでしょうか?

 中間層が没落した結果、少子化になった。

 潜在的な成長率は低下するのではないでしょうか?
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雇用の悪化が少子化である (Unknown)
2017-10-07 14:51:27
50代40代は、安定的に仕事ができる就職が容易であった。そして年功序列で高額な給与をいただいている。

そのしわ寄せを30代20代が受けているかもしれません。非正規雇用の増加、短期離職企業の増加、雇用の悪化、である。

大卒といっても様々であるが、50代40代は、高卒も結構多いと思います。

安定的に仕事ができる企業の入社時点の新卒の契約によって、時間が過ぎただけの人の給与が、少子化の原因でもあると思います。
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