リーマンショック後などの長期停滞は、なぜ、生じるのか。『「追われる国」の経済学』で展開されるリチャード・クーさんの説明は、バブル崩壊後には、借金返済が優先されるバランスシート不況が起こり、それが過ぎても、新興国に「追われる国」では、高収益の海外投資が国内より優先されるために低成長に陥ってしまうというものである。クーさんの経済分析は、実態に根差した鋭いものがあり、これらが要因の一つであることは確かだろう。今回は、需要管理の観点から、普遍化を試みたい。
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長期停滞の先例である日本の場合、バブル崩壊後のバランスシート不況は、いつまで続いていたのか。筆者は、1992~94年の3年間だったと見る。設備投資は、1995年に上昇に転じているからだ。ただし、この間の設備投資の急落については、別の見方も可能だ。1991年までのバブル期には、設備投資のGDP比がかなり上昇しており、過剰な投資の解消に必要な時期でもあったからだ。そして、バブル前のGDP比の水準に戻った1995年頃から設備投資は増え始めているのである。
いずれにせよ、クーさんが主張するように、金融緩和は効がなく、財政出動で需要を補わざるを得ない状況だったことは確かである。金融政策でコントロールできるとする主流派経済学の理論は、この状況では無用の存在だ。当時の日本政府は、ケインジアンの経済運営を行うことで、GDPが急減する危機を回避した。もし、1997年に大規模な緊縮に転じ、GDPを支えていた財政を一気に切る過激なマネをしていなければ、平凡に過ぎていただろうに、切った代わりに、何が需要を埋めるのか、まるで考えていなかったのである。
続いて、1995年以降の日本の設備投資は、どうか。実は、リーマンショックに至るまで、輸出・住宅・公共の3需要の動向に、見事なほど従っている。企業は、追加的な需要を見ながら設備投資をするという、常識的行動をしていた。この間、大企業製造業による海外への直接投資が増えたから、その影響はあったろうが、国内需要に見合うだけの国内投資はしていたのである。これが足りないとすれば、景気が少し上向くと、すぐ緊縮を始め、消費へ波及する経路を自ら塞ぎ、内需不足にしていたからと解すべきであろう。
日本の財政の方針は、高齢化による自然増しか歳出増を認めないから、景気が少し上向いて税収が増加すると、自動的にブレーキがかかる構造になっている。これがデフレから脱却できない大きな理由である。デフレへの転落は、1997年の極端な「愚行」によるだけに、脱却するには、景気を加速させる需要管理の「賢行」が必要となるが、そうした高度なワザは望むべくもない。現実には、的外れな「構造改革」に狂奔するばかりであり、成果とされる成長は、金融政策を犠牲にした自国通貨安の下、輸出に恵まれただけのことであった。
(図)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/62/ab/df9dbd0129448c608b9da2b9176ae614.jpg)
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最近の米国においては、トランプ政権が財政出動を進めたことにより、FPBが利上げを続ける中でも景気が加速し、いまや、長期停滞論は雲散霧消するに至っている。緊縮をやめれば、停滞から脱せるという、分かりやすい構図である。実体経済は、需要で動くものなのに、緊縮以外に停滞の原因を探そうとする知的枠組に問題があったのである。既に、米国の景気は、MMT派のステファニー・ケルトン教授が「野心的なプログラムには、インフレリスクに注意が必要」とするほどになっている。
他方、クーさんの興味深い指摘の一つに、トランプ政権誕生の背景には、FRBが金融緩和を正常化していく中で生じたドル高があるというものがある。ドル高が製造業を苦境に陥れ、それへの反発がトランプ支持につながったとする。そして、資本移動を自由にする以上、輸入を抑えるには、関税を使うしかないとの見方も示す。資本の動きの早さに対して、実体が適応していくことは困難なのだから、問題を解決しようとすれば、資本をいかにコントロールするかになる。
こうして見れは、経済運営の在り方としては、財政を実体に、金融政策を為替や資産価格に割り当てることになろう。主流派経済学は、金融政策で実体経済を管理できると考えがちだが、設備投資に対する金利の調節力は、需要リスクの前では無力であり、財政が国内需要を安定させていなければ、まったく効果が出ない。結局、今後の経済学で取り入れるべきは、「需要リスクを与えると、企業は利益最大化の行動は取らなくなる」という透徹した見方ではないだろうか。
………
とうとう、トランプ大統領は、関税を25%に引き上げ、中国に需要ショックを与える挙に出た。アベノミクスの主柱である輸出の環境が悪化するのは確実で、既に景気の基調が「悪化」にあるときに、内需を潰しかねない消費増税を敢行し、「暴風に向かって窓を開ける愚」を犯すこともあるまい。しかも、中国では負債が膨らんでおり、金融経済に混乱が起こったとしても、誰もが必然としか思わないほどの状況だ。週末、幼児教育と高等教育の無償化法が成立したが、2018,19年度の税収の上ブレで賄える程度でしかなく、消費増税を見送っても、緊縮が中立になるだけだ。それでも、日本人お得意の「退くも地獄論」を叫び、バンザイ突撃を敢行するのだろうか。
(今日までの日経)
全輸入品関税 13日に詳細。貿易摩擦、痛み中国に。トランプ氏「結論急がず」。幼保無償化法が成立。消費増税、外堀埋まる 財務省、景気動向を注視。家計の「黒字率」30%超。
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長期停滞の先例である日本の場合、バブル崩壊後のバランスシート不況は、いつまで続いていたのか。筆者は、1992~94年の3年間だったと見る。設備投資は、1995年に上昇に転じているからだ。ただし、この間の設備投資の急落については、別の見方も可能だ。1991年までのバブル期には、設備投資のGDP比がかなり上昇しており、過剰な投資の解消に必要な時期でもあったからだ。そして、バブル前のGDP比の水準に戻った1995年頃から設備投資は増え始めているのである。
いずれにせよ、クーさんが主張するように、金融緩和は効がなく、財政出動で需要を補わざるを得ない状況だったことは確かである。金融政策でコントロールできるとする主流派経済学の理論は、この状況では無用の存在だ。当時の日本政府は、ケインジアンの経済運営を行うことで、GDPが急減する危機を回避した。もし、1997年に大規模な緊縮に転じ、GDPを支えていた財政を一気に切る過激なマネをしていなければ、平凡に過ぎていただろうに、切った代わりに、何が需要を埋めるのか、まるで考えていなかったのである。
続いて、1995年以降の日本の設備投資は、どうか。実は、リーマンショックに至るまで、輸出・住宅・公共の3需要の動向に、見事なほど従っている。企業は、追加的な需要を見ながら設備投資をするという、常識的行動をしていた。この間、大企業製造業による海外への直接投資が増えたから、その影響はあったろうが、国内需要に見合うだけの国内投資はしていたのである。これが足りないとすれば、景気が少し上向くと、すぐ緊縮を始め、消費へ波及する経路を自ら塞ぎ、内需不足にしていたからと解すべきであろう。
日本の財政の方針は、高齢化による自然増しか歳出増を認めないから、景気が少し上向いて税収が増加すると、自動的にブレーキがかかる構造になっている。これがデフレから脱却できない大きな理由である。デフレへの転落は、1997年の極端な「愚行」によるだけに、脱却するには、景気を加速させる需要管理の「賢行」が必要となるが、そうした高度なワザは望むべくもない。現実には、的外れな「構造改革」に狂奔するばかりであり、成果とされる成長は、金融政策を犠牲にした自国通貨安の下、輸出に恵まれただけのことであった。
(図)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/62/ab/df9dbd0129448c608b9da2b9176ae614.jpg)
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最近の米国においては、トランプ政権が財政出動を進めたことにより、FPBが利上げを続ける中でも景気が加速し、いまや、長期停滞論は雲散霧消するに至っている。緊縮をやめれば、停滞から脱せるという、分かりやすい構図である。実体経済は、需要で動くものなのに、緊縮以外に停滞の原因を探そうとする知的枠組に問題があったのである。既に、米国の景気は、MMT派のステファニー・ケルトン教授が「野心的なプログラムには、インフレリスクに注意が必要」とするほどになっている。
他方、クーさんの興味深い指摘の一つに、トランプ政権誕生の背景には、FRBが金融緩和を正常化していく中で生じたドル高があるというものがある。ドル高が製造業を苦境に陥れ、それへの反発がトランプ支持につながったとする。そして、資本移動を自由にする以上、輸入を抑えるには、関税を使うしかないとの見方も示す。資本の動きの早さに対して、実体が適応していくことは困難なのだから、問題を解決しようとすれば、資本をいかにコントロールするかになる。
こうして見れは、経済運営の在り方としては、財政を実体に、金融政策を為替や資産価格に割り当てることになろう。主流派経済学は、金融政策で実体経済を管理できると考えがちだが、設備投資に対する金利の調節力は、需要リスクの前では無力であり、財政が国内需要を安定させていなければ、まったく効果が出ない。結局、今後の経済学で取り入れるべきは、「需要リスクを与えると、企業は利益最大化の行動は取らなくなる」という透徹した見方ではないだろうか。
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とうとう、トランプ大統領は、関税を25%に引き上げ、中国に需要ショックを与える挙に出た。アベノミクスの主柱である輸出の環境が悪化するのは確実で、既に景気の基調が「悪化」にあるときに、内需を潰しかねない消費増税を敢行し、「暴風に向かって窓を開ける愚」を犯すこともあるまい。しかも、中国では負債が膨らんでおり、金融経済に混乱が起こったとしても、誰もが必然としか思わないほどの状況だ。週末、幼児教育と高等教育の無償化法が成立したが、2018,19年度の税収の上ブレで賄える程度でしかなく、消費増税を見送っても、緊縮が中立になるだけだ。それでも、日本人お得意の「退くも地獄論」を叫び、バンザイ突撃を敢行するのだろうか。
(今日までの日経)
全輸入品関税 13日に詳細。貿易摩擦、痛み中国に。トランプ氏「結論急がず」。幼保無償化法が成立。消費増税、外堀埋まる 財務省、景気動向を注視。家計の「黒字率」30%超。
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