経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

適応的市場仮説とコロナ禍リスク

2020年08月16日 | シリーズ経済思想
 利益を最大化しようという行動原理の下では、効率的市場が立ち現れる。そこでは、資金も、人材も、ムダに捨て置かれたりはしない。ところが、実際には、カネ余りと失業が長く続くことはざらにある。そうすると、主流派経済学が大前提とする利益最大化に誤りがあるのではないか。これに代わるものとして、アンドリュー・W・ローは、環境が時間をかけて形成する行動原理を提案し、『適応的市場仮説』を主張する。

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 「効率的」と「適応的」の二つのを分かつのはリスクだ。煎じ詰めると、ローの行動原理は、リスクに耐えるためにムダを出しているのである。万一に備えて保険料を払うのと同じで、払う分だけ利益は減る。その代わり得るのは生き残りである。ムダがなくとも、死に絶えれば、そこで終わり。減った利益でも、存続するうちに、積み上がって行く。保険料を惜しんだ利益なんて、つまらないものだ。

 ローの『適応的市場仮説』は、600ページの大著だが、軽妙な語り口で読みやすい。特に前半は、心理学、神経科学、進化生物学、人工知能といった、主流派経済学を根本から考える上で示唆に富む話が続く。そして、中核の6章をじっくり味わってもらいたい。最善となる行動は、環境次第であって、利益最大化は、安定した環境では優れているものの、全個体に影響が及ぶシステミックリスクの下では、破綻することが示される。

 結局、利益の最大化にならない「確率マッチング」という直観的な分散を、ヒトが好むのは、長年の進化の中で、リスクある環境の下で過ごし、それに適合した行動原理を持つ者が残って来たからにほかならない。現代の経済の環境についても、リスクが在るものだとしたら、利益最大化の行動は最善ではなく、市場も効率的でないということになる。主流派経済学では、現実の説明がつき難く、恵まれた一部の環境でしか通用しないのも、道理なのだ。

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 ただし、経済は自然環境ではない。行動原理が進化し、環境も変化して、経済から変動リスクが消えることはないのだろうか。これへの示唆は、8章のクウォンツ・メルトダウンにある。それぞれが利益最大化を目指した結果、どのファンドの戦略も似かよってしまい、揺らぎに斉一的な反応をして、崩壊を惹き起こしてしまう。利益最大化の広範化がリスクを作ってしまうのでは、安住の地はないということになる。

 おそらく、リスクを取り除くためには、プレーヤーに評価の期限がない、いわば、命に限りがないとか、単一であるほどに情報と利害が一致する、つまり、分権なり自由なりが実質的にないとかが必要になると思われる。すなわち、ヒトが自由を求める限り、リスクとはつき合わざるを得ず、ムダは欠かせないということになり、問題は、自由の徹底ではなく、リスクの管理へと移っていく。

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 コロナ禍において、100年に1度とされたリーマンショックに匹敵する衝撃が10年で再び襲いかかってきた。利益最大化を目指す市場が地球化し、リスクから分散した場所が減っているのだから、衝撃も巨大になる一方である。ヒトは、免疫が多様だったから、どんな疫病に見舞われても、全滅を免れて命をつないできた。効率という名の一様性を強いる市場経済は、どのような形で生き残るのであろうか。


(今日までの日経)
 開発中の中距離ミサイル 米、アジアと配備協議へ。中国 鈍い雇用、戻らぬ消費。守勢の企業、膨らむ預金 財政出動も資金滞留。

※新型コロナの感染確認数は減少傾向にある。単なる休日要因でないことを願いたい。




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