例によって、ホストは寺崎純(p)中嶋明彦(b)Dr.Jo(dr)と私めです。
この会も、お馴染みさんから、新たなメンバーも入って、中々の彩りです。今回はKicchan登場です。若く見えても60を過ぎた方、この方、歌がお上手なのですが、久し振りです。現在、アルトサックスを練習中だけど、伸び悩みに悩んでいる。どんな教育を受けているかはおおよそ察しがつきます。今更楽譜読んで吹くというありきたりな御教室風の教育を受けても仕方ないので、歌うように吹け!と申し上げました。初心者が練習するのに、オーソドックス(正統)な教育を受けた先生は皆、楽譜から入る練習法を生徒に示しますが、将来音楽家になるのなら兎も角、楽しんで演奏する人たちに、ワンパターンにこの方法以外を示さないのはいかがなものかと思います。数学嫌いの人に数式を見せても、うんざりするだけ。数学の素晴らしさを数式で説いても、聞く方は蕁麻疹が出るだけです。譜面の読めない人に、譜面から入れと言っても呆然とするだけです。正統派音楽を修得してきた人、特にピアノの家庭教師についたという人に限って、譜面がないと簡単な曲の伴奏も出来ない人がほとんどというのは、勿論クラッシックでプロになって生活するのなら兎も角、音楽の歓びの一端を味わおうとする人たちには不適切な教育の結果ではないでしょうか。勿論、音楽をするのに、譜面が読めるのはとても良いことです。でも、譜面が無いとプレイできないというのは、約束事の多い曲ではいざ知らず、ジャズのアドリブでは決めごとは極めておおざっぱなものがほとんどで、後はその人の技量次第、というのが、多くのクラッシック出身の方達には解らない。音楽を目で追うだけで、耳で聞かない人たちがあまりに多いのには驚かされます。
カラオケ、生オケをエンジョイする人たちは、楽譜から入っている訳では在りません。耳で聞いて、覚えて歌っています。特に、今更プロになる訳でもない人たちに、楽譜からはいる方法だけを押しつける音楽の方法論しか知らない人に幾ら習っても、金はかかるが身には良く付かないのでは?
最近は、音楽を専門とする人たちの間でも、音楽の歓びを経験させながらの教育を真剣に考えていくという分野が出来てきているらしいのは、誠に結構なことではないかと思っています。
私の言っている教育法、実は昔から日本には有ったのです。スズキメソッドというのがそれで、日本では低い評価しか与えられていませんが、世界では高い評価が有るそうな。どうするかというと、はじめは音楽を聴かせ、出来るところまで耳で聞いて演奏させる。一定のレベルまで行くと初めて楽譜を見せて完成させる。そんな内容だったと思います。この方法で音大卒業試験レベルの、どなたかのチェロ協奏曲を4,5才で、弾けるようになるとか。
実際、レジーナ・カーターというジャズバイオリニストは、この方法で習得したとか。
音楽は、外国語習得と同じような面があり、発音は、楽器の演奏、文法は音楽構造の理解、読解は,音符を読むようなものと、かなりアバウトではありますが、当てはめれば理解しやすいかも。文章を読めないからと言って、人に感銘を与えるスピーチが出来ないとは限らない。要するに、言葉で見る、聞く、話す、というのが、音楽では読譜、聴音、演奏、と、おおざっぱな相関関係があります。ペラペラしゃべる能力が高いというのは、演奏が流麗という事なのかも知れません。英語の先生で”能力”が高いといわれている人が全て、英語がペラペラ、ではない、というのは大方の意見の一致するところです。それでも勿論構わないのですが。でも、演奏に関しては、ペラペラで無ければ、困ります。
という訳で、音楽の好きな、又、歌のとってもお上手なKicchanが、サックス練習する時、楽譜を見ないと演奏は出来ないし、楽譜はすらすら読めないし、完全に頭打ちになっているとお悩みの場合、私のなんちゃって演奏法をお教えしましょう。正統派の音楽教育を受けた人でなければ、音楽は楽しんでも、演奏してもいけない!ということは実は無いというのがお解り頂けると思います。私のように、この年になっても楽譜をすらすら読めないのは、やはり決めごとの多い曲では、ジャズでも問題がありますが、プロになるだけが全てではないと割り切れば、愉しいことは一杯あると解るはずです。
最近の医学レポートによれば、ジャズプレーヤーがアドリブしている時の脳活動をチェックすると、他の領域のプレーヤーが使わない部分の活性化が見られるそうです。楽譜を読んで楽譜通りに演奏しようとする作業と、アドリブ、若しくは楽譜を読まずに演奏するのとでは、脳活動に違いがあるような気が実際の所、致します。プロは勿論、どちらも出来ないといけないとは思いますが。
この会も、お馴染みさんから、新たなメンバーも入って、中々の彩りです。今回はKicchan登場です。若く見えても60を過ぎた方、この方、歌がお上手なのですが、久し振りです。現在、アルトサックスを練習中だけど、伸び悩みに悩んでいる。どんな教育を受けているかはおおよそ察しがつきます。今更楽譜読んで吹くというありきたりな御教室風の教育を受けても仕方ないので、歌うように吹け!と申し上げました。初心者が練習するのに、オーソドックス(正統)な教育を受けた先生は皆、楽譜から入る練習法を生徒に示しますが、将来音楽家になるのなら兎も角、楽しんで演奏する人たちに、ワンパターンにこの方法以外を示さないのはいかがなものかと思います。数学嫌いの人に数式を見せても、うんざりするだけ。数学の素晴らしさを数式で説いても、聞く方は蕁麻疹が出るだけです。譜面の読めない人に、譜面から入れと言っても呆然とするだけです。正統派音楽を修得してきた人、特にピアノの家庭教師についたという人に限って、譜面がないと簡単な曲の伴奏も出来ない人がほとんどというのは、勿論クラッシックでプロになって生活するのなら兎も角、音楽の歓びの一端を味わおうとする人たちには不適切な教育の結果ではないでしょうか。勿論、音楽をするのに、譜面が読めるのはとても良いことです。でも、譜面が無いとプレイできないというのは、約束事の多い曲ではいざ知らず、ジャズのアドリブでは決めごとは極めておおざっぱなものがほとんどで、後はその人の技量次第、というのが、多くのクラッシック出身の方達には解らない。音楽を目で追うだけで、耳で聞かない人たちがあまりに多いのには驚かされます。
カラオケ、生オケをエンジョイする人たちは、楽譜から入っている訳では在りません。耳で聞いて、覚えて歌っています。特に、今更プロになる訳でもない人たちに、楽譜からはいる方法だけを押しつける音楽の方法論しか知らない人に幾ら習っても、金はかかるが身には良く付かないのでは?
最近は、音楽を専門とする人たちの間でも、音楽の歓びを経験させながらの教育を真剣に考えていくという分野が出来てきているらしいのは、誠に結構なことではないかと思っています。
私の言っている教育法、実は昔から日本には有ったのです。スズキメソッドというのがそれで、日本では低い評価しか与えられていませんが、世界では高い評価が有るそうな。どうするかというと、はじめは音楽を聴かせ、出来るところまで耳で聞いて演奏させる。一定のレベルまで行くと初めて楽譜を見せて完成させる。そんな内容だったと思います。この方法で音大卒業試験レベルの、どなたかのチェロ協奏曲を4,5才で、弾けるようになるとか。
実際、レジーナ・カーターというジャズバイオリニストは、この方法で習得したとか。
音楽は、外国語習得と同じような面があり、発音は、楽器の演奏、文法は音楽構造の理解、読解は,音符を読むようなものと、かなりアバウトではありますが、当てはめれば理解しやすいかも。文章を読めないからと言って、人に感銘を与えるスピーチが出来ないとは限らない。要するに、言葉で見る、聞く、話す、というのが、音楽では読譜、聴音、演奏、と、おおざっぱな相関関係があります。ペラペラしゃべる能力が高いというのは、演奏が流麗という事なのかも知れません。英語の先生で”能力”が高いといわれている人が全て、英語がペラペラ、ではない、というのは大方の意見の一致するところです。それでも勿論構わないのですが。でも、演奏に関しては、ペラペラで無ければ、困ります。
という訳で、音楽の好きな、又、歌のとってもお上手なKicchanが、サックス練習する時、楽譜を見ないと演奏は出来ないし、楽譜はすらすら読めないし、完全に頭打ちになっているとお悩みの場合、私のなんちゃって演奏法をお教えしましょう。正統派の音楽教育を受けた人でなければ、音楽は楽しんでも、演奏してもいけない!ということは実は無いというのがお解り頂けると思います。私のように、この年になっても楽譜をすらすら読めないのは、やはり決めごとの多い曲では、ジャズでも問題がありますが、プロになるだけが全てではないと割り切れば、愉しいことは一杯あると解るはずです。
最近の医学レポートによれば、ジャズプレーヤーがアドリブしている時の脳活動をチェックすると、他の領域のプレーヤーが使わない部分の活性化が見られるそうです。楽譜を読んで楽譜通りに演奏しようとする作業と、アドリブ、若しくは楽譜を読まずに演奏するのとでは、脳活動に違いがあるような気が実際の所、致します。プロは勿論、どちらも出来ないといけないとは思いますが。
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