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「取り調べ可視化」世論強まる

2008年01月28日 | 蕪勢
 鹿児島県の選挙違反事件や富山県の婦女暴行事件等の「冤罪」事件の再発防止を期すため,警察庁は,今月24日「取り調べ適正化指針」を発表したという。高圧的な取り調べにより虚偽の自白がなされて「冤罪」を生んだことへの反省に基づくものだ。
 しかしながら,その指針では,取り調べの際に被疑者の身体に触れたり,被疑者の尊厳を著しく害する言動を禁止するなど定めを置く,また,密室での取り調べ状況を警察内部の者がマジックミラーで見守るなどの監視強化策に止まっている。ある新聞の社説でもいうように,このような内部での改善策で,高圧的な取り調べの防止に,はたしてどの程度の効果が期待できるのか,疑問である。
 只,警察庁は,「冤罪」事件に対する世論の厳しい批判が背中押しとなって,このような指針を打ち出さざるを得なかったのであろう。そして,その背景には,ここ数年の,特に裁判員制度を控えて,取り調べに対する可視化(注)を求める声の高まりが,これまで強い抵抗の姿勢を見せてきた警察をして,もはやこれを無視できないところまできた点もあったと思われる。追い込まれている感じはあるものの,警察は,まだ,可視化への第一歩を踏み出すには至っていない。

 1月26日大阪弁護士会で開かれた「可視化を求めるシンポジウム」を傍聴した。鹿児島事件の担当弁護士や江川昭子氏の可視化を求める説得的な話やパネルデスカッションなどで盛り上がり,可視化を求める運動の着実な高まりを実感した。もはや,可視化は世界の流れであり,時代の要請である。
 具体的事例を挙げての江川氏の話は,全般的に分かりやすく,裁判官に対する厳しい批判も,考えさせられ,反省を迫られた。しかし,ひとつだけ気になる点があった。それは,同氏が,裁判に一番期待するものして「真相解明」を挙げた点である。確かに,被害者あるいは市民が,なぜ被告人がそのような行為に及んだのか,被害者はなぜ死ななければならなかったのか,その真相を知りたいとの思いは当然である。日本の裁判は,かなりこれに答えてきた。
 しかし,それは,詳細な自白調書があったから出来たのである。犯行の動機が微に入り細に入り被疑者の口から供述調書の形に語られてきたからである。自白中心主義裁判の積極面であったのだ。
 取り調べの可視化は,自白追求を困難なものにすることになろう。高圧的な取り調べができなくなれば,口を閉ざしたままで真実を語らない被疑者も少なくないと思われるからである(自白追求は,無実の者に虚偽自白を迫るマイナス面と,真犯人に真相を語らせるプラス面とがあるのだ)。
 有罪無罪の認定を,被疑者の自白からではなく,客観的証拠から認定しする,そのような裁判に変容していくのが,取り調べ可視化のもたらす現実であろう。そのことは,これまで真相究明に役立ってきた「動機についての自白」も得がたくなるということだ。事件の背景などの客観的状況から「推定される動機」でよしとせざるを得ない。
 「自白追求」という野蛮で中世的な手法からもはや脱却すべきだと考えている私は,それもやむを得ないと考えている。
(注・取り調べの状況を録画などに記録しておいて,後の裁判で「自白は強制された嘘のものだ」との主張が出された場合に備える方策。これにより,暴行,脅迫を伴う取り調べはもちろんできなくなるし,供述を強制しかなねい高圧的態度による取り調べも難しくなる。)
(無勢)