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武四郎の姿、詩歌で知る 松阪の記念館で企画展

2020-09-10 | アイヌ民族関連
中日新聞– 2020年09月09日(水) 05時00分
 松阪出身の幕末期の探検家で、北海道の名付け親、松浦武四郎の詠んだ和歌や漢詩を紹介する企画展「武四郎の詩と歌」が八日、松阪市の武四郎記念館で始まった。漢詩や和歌を学び、物事を知ることが国の繁栄につながると信じていた武四郎の文化人としての姿や、蝦夷地(北海道)調査の過酷さを垣間見ることができる。十一月一日まで。 (望月海希)
 武四郎は一八五〇(嘉永三)年、おいに宛てた手紙で和歌や漢詩について「国の始めの創薬」とし、国が始まって以来の伝統があり「国家経済の種」と記すなど重要視していた。企画展では、武四郎が蝦夷地での調査中や晩年に詠んだものに関する三十四点が並ぶ。
 「貼交屏風(はりまぜびょうぶ)」には「行さきの ほどは我しも 白浪の 立へだつるを 限りともかな」と直筆の和歌が貼られている。四回目の蝦夷地調査で、樺太南部の海の荒波を小舟で越える過酷さを詠んだ歌で、道なき道を進む武四郎の苦悩が伝わってくる。若い頃に模写した花やウリの絵もあり、絵の才もあったことが分かる。
 アイヌ民族との交流を詠んだ詩歌も多い。調査の記録をまとめた冊子「西蝦夷日誌 六編」には「朝がれひ誰れ喰(く)しかと問つれば、みなうそうそいふがあやしき」という和歌がある。武四郎の朝ご飯を勝手に食べたのは、「ウソ(アイヌ語でカワウソ)」だと答えるアイヌが「ウソ」のせいにして「うそ」をついているのではないかと、ユーモアを込めて詠んでおり、ほほえましい場面が目に浮かぶ。
 一方で「西蝦夷日誌 弐編」には「こころせよ えみしもおなじ 人にして この国民の 数ならぬかは」と詠んだ。アイヌを国民に数えず、虐げる役人などを批判した歌もある。
 西南戦争で自刃した西郷隆盛の鹿児島の墓前で詠んだ漢詩や、酒席で国学者の八田知紀らと詠んだ和歌もあり、交友関係の広さもうかがえる。記念館の山本命主任学芸員(44)は「探検家として知られる武四郎の違った一面を知ってほしい」と話す。月曜休館(九月二十一日は開館し、二十三日に休館)。
https://news.goo.ne.jp/article/chuplus/region/chuplus-118141.html
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