JBpress 8/26 山中 俊之
イスラエルとハマスの対立はなぜ収束しないのか。ロシアのプーチン大統領はなぜウクライナを侵攻し続けるのか──。最新の世界情勢を読み解くには、地政学、宗教、歴史、民族、経済といった「公式」に、政党という「変数」を加えることが必要だ。
「政党を見るという“ミクロの目”を持つと、世界を見るという“マクロの目”も備えることができ、その国や地域の実情が寄り立体的に見える」と語る元外交官で著述家の山中俊之氏が語るアメリカの政党について。
※この記事は、『教養としての世界の政党』(かんき出版)より「アメリカ」部分を一部抜粋・編集したものです。
個人主義でアマチュア志向の米二大政党
4年に一度の米国大統領選は日本でも大きなニュースとなり、なかでも注目されるのは、民主党・共和党それぞれの代表候補によるテレビ討論です。
1960年に行われたケネディvs.ニクソンが、本格的にテレビ放映された討論としては第一回。国民がテレビの向こうで見守るなか各候補者が登場しますが、うつむきながら政策が書かれた原稿を読み上げるのではありません。
経済政策や環境問題などのテーマについて自由討論したり、司会者からいきなり難しい話題を振られたり、会場に観客を入れて質問を募ったり。いくつかのパターンに対応するため、想定通りにはいかないのです。
不意に痛いところを突かれて感情的になってしまったら?
「論破!」とばかりに、圧倒的に議論で打ち負かしたら?
思わず心を揺さぶる巧みさで、エピソードを絡めて政策を述べたら?
政策や理念だけではなく、論理的思考力や対応力、コミュニケーション能力、人間性まで視聴者に丸見えですから、投票への影響は大きい。長い選挙活動で積み重ねてきたものがこのテレビ討論でひっくり返ることもあるくらいで、だからこそ政党も候補者も必死です。
2024年6月のバイデンvs.トランプのテレビ討論では、バイデン氏が言葉に詰まるなど大きな不安を露呈しました。ニューヨーク・タイムズが同氏の大統領選撤退を提言するなど、大きな論争を巻き起こしました。
私は「米国の選挙は、人気投票制度だ」と感じることがしばしばあります。政治経験がなくても「人気・知名度・お金」があり、言葉巧みにディベートを乗り切れば政治経験のない政治素人でも当選しうるためです。2016年のトランプ氏の当選がまさに証拠です。ただしその背後に、絶大な政党の影響力があるのも事実です。
米国の政党が持つ個人主義とアマチュア志向とは?
連邦制の米国では州ごとに法律も異なりますが、外交における連邦政府の力は強大です。共和党と民主党の二大政党制であることはご存知の通り。4年ごとの大統領選挙で2つの政党が交代する可能性を作ることで、「政策の偏りや権力の集中を避ける」というのが、二党制の大まかな特徴です。
2つの政党にはそれぞれの特徴があります。そして、他国の政党と比較して「米国の政党」自体にも特徴があります。批判を恐れずにあえて言えば、それは個人主義とアマチュア志向です。なぜ個人主義でアマチュア志向なのか、米国建国当初の政党の成り立ちから見ていきましょう。
「もっと信仰に忠実に、正しいプロテスタントとして生きたい」
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16世紀の英国で、こんなことを言い出したのはピューリタン(清教徒)たち。「なに青臭いこと言ってるんだよ。こっちが伝統ある正しい信仰だよ」と英国国教会から抑圧された彼らは、「自分たちの自由な国をつくる!」と、新天地を目指しました。これが言わずと知れた米国建国の始まりです。イギリスとの独立戦争を経てようやく建国の運びとなったとき、すぐに政党もできたかといえばさにあらず。
「我々は皆、ピューリタンとしての理想を求める自由な国を全員で目指している。ちまちまグループに分かれて徒党を組むなどけしからん!」
カトリックはローマ教皇を頂点とする“教会経由”で神とつながりますが、プロテスタントは個人が聖書に基づく信仰を通じて“神と直通”というのが特徴です。英国国教会もプロテスタントですが、ピューリタンは言ってみれば“ゴリゴリのプロテスタント”。したがって米国は、それぞれが独立した信者という個人主義が強いのです。
基本的に米国で政治家を目指す人は「個人として自分の考えを政治に反映させよう」というタイプ。個人主義で自由が大好きな考え方のピューリタンに、政党という“グループ活動”はある意味そぐわなかった面があると私は考えます。
しかし全員がバラバラのまま理想に燃えていても、いや、燃えていればいるほど、収拾がつかなくなるのはよくある話。
合衆国憲法が制定されて以来「大統領選挙は4年に一度」というのは変わりませんが、無所属なのは初代大統領ジョージ・ワシントンだけです。その後は「連邦政府の役割を重視する連邦党」「州の自治を重んじる民主共和党」などができていきます。
共和党と民主党、二大政党はこう生まれた
この民主共和党が今日の2大政党の源流で、19世紀の初めにまずは今の民主党が、続いて19世紀半ばに反奴隷制を旗印に共和党が誕生します。
民主党をつくったとも言われる第7代大統領のアンドリュー・ジャクソン(任期:1829~1837年)は、とにかく大衆に人気がありました。
「選挙権をいろんな人に広げよう!」
「連邦政府の中央集権は州の自治制が妨げられてよくない。国にコントロールされるんじゃなく、各州が自分のことは自分でやれるようにしよう」
「他の国と貿易をして、経済を発展させて強い国にしよう」
こんな政策を次々に繰り出す彼を支持した“大衆”とは、“エリート”と対比した場合の大衆であり、そこにマイノリティや黒人、貧困層、女性は明確な形では含まれていませんでした。
「ゴーウエスト! 米国を西へ広げてでっかい国にしよう」というのは大衆に大歓迎されましたが、ジャクソン大統領は「……というわけで先住民はさっさと引っ越してね。えっ、先祖代々の聖なる土地だからイヤ? そんなのこっちは知らないもんね!」と、ネイティブアメリカンの強制移住を断行。絶望した先住民が居住区に向かうルートは「チェロキー涙の道」と呼ばれ多数の死者が出ました。ジャクソン大統領は自身も奴隷所有者であり、奴隷制にも賛成でした。
「みんなのための国をつくりたいけど、そもそも黒人は“みんな”じゃないよね?」
今も昔も、“みんな”の定義はかなり主観的なもののようです。(続く)
山中俊之(やまなか・としゆき)
著述家/芸術文化観光専門職大学教授
1968年兵庫県西宮市生まれ。東京大学法学部卒業後、1990年外務省入省。エジプト、イギリス、サウジアラビアへ赴任。対中東外交、地球環境問題などを担当する。首相通訳(アラビア語)や国連総会を経験。外務省を退職し、2000年、日本総合研究所入社。2009年、稲盛和夫氏よりイナモリフェローに選出され、アメリカ・CSIS(戦略国際問題研究所)にて、グローバルリーダーシップの研鑽を積む。
2010年、企業・行政の経営幹部育成を目的としたグローバルダイナミクスを設立。累計で世界96カ国を訪問し、先端企業から貧民街・農村、博物館・美術館を徹底視察。ケンブリッジ大学大学院修士(開発学)。高野山大学大学院修士(仏教思想・比較宗教学)。ビジネス・ブレークスルー大学大学院MBA、大阪大学大学院国際公共政策博士。京都芸術大学学士。コウノトリで有名な兵庫県但馬の地を拠点に、自然との共生、多文化共生の視点からの新たな地球文明のあり方を思索している。五感を満たす風光明媚な街・香美町(兵庫県)観光大使。神戸情報大学院大学教授兼任。
著書に『世界94カ国で学んだ元外交官が教える ビジネスエリートの必須教養 世界5大宗教入門』(ダイヤモンド社)。近著は『世界96カ国をまわった元外交官が教える 外国人にささる日本史12のツボ』(朝日新聞出版)。