かぶれの世界(新)

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育ジー初体験

2017-02-12 23:08:15 | 日記・エッセイ・コラム
先週から娘が赤ちゃんを連れて5日間の里帰りをした。夫君の海外出張の機会に孫を見せに来てくれたのだが、娘にとっても骨休みになったようだ。家内や同居の息子は昼間は仕事があるので、私はできる範囲で赤ちゃんの相手をした。と言っても娘が手を離せない時に相手をするとか、ベビーカーで連れ出す程度だったが。

赤ちゃんや娘の服を洗濯機にかけ干して採り入れるのは出来るが、オムツを変えたり風呂に入れたりするのは出来ない。それで「育ジー」と言えるのかどうか分からない。私の子供が生まれた時は育児から子供の教育まで殆ど家内にやって貰った。金を稼いで来ればいい、それが当たり前だと思っていた。

子供が高校・大学と進学する時期に、会社から打診されて迷わず米国に単身赴任し4年間家を空けた。正直言って私にはおむつ交換や入浴など「狭義の子育て」の記憶が殆どない。なので我が家に赤ん坊を連れて来て24時間子育てに専念する娘の様子は新鮮で、たった5日間だけどその大変さを始めて見た気がする。

ということは亭主の助けを全く期待できず、3人の子供を育てた家内は余程大変だっただろうと思った。しかも上の二人は年子だった。娘が子供一人で苦労している様子を見て、改めて家内に子育ての礼を言った。家内は当時はそれが当たり前だと思っていたし、娘より一回り以上若かったので出来たのかもしれないと答えた。「感謝しているなら物心ともに謝礼をしろ」と嫌らしい返事、海外や日本各地に旅行に連れて行ったりとか良い事もあったじゃないかと私。

30年余り前に子供を実家に連れ帰った時、昨年亡くなった母が漏らした言葉を今でも覚えている。「出来たらもう一度子供を丁寧に育ててみたい」と言った。女学校を出て直ぐに復員して来た父と見合い結婚し、10代で私を生んだ。多分、朝から晩まで農作業をし家事をこなしながら子育てをしたと思う。子育てに当てた時間はそれほどなかったし、自由になる時間は殆ど無かったはずだ。私の常識もこの頃のもと基本変わらないと思う。

何もしなかったのに偉そうに言えないが、私達が子育てをした頃とは随分変わったと実感した。娘は赤ん坊を二階の客間に寝かし、スマホのカメラで子供の様子を一階の居間のタブレットに中継し新聞を見るといった具合だ。外出から帰ると手の消毒をし、食べ物はアレルギーに気を配りながら食べさせる。育ジーをやろうにも難しくてとても駄目。

今日の午後、娘を含めて家族全員が長男の家に集合し、彼の二人目の子供の誕生日を祝った。血のつながった三人の子供が顔を合わせると、至極自然に一緒に遊んだ。その姿を見るとそれだけで心が温かくなった。もし、もう一人孫が生まれ女の子だったら、本格的な育ジーをやってもいいと思っている。

娘は海外出張から帰った夫君から連絡を受け、そのまま自宅に戻って行った。今夜から娘も孫いなくなった自宅で過すことになる。「孫ロス」で心に穴が空いたようだ。■

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