今回紹介したい最初の2冊は、私が取り上げなくても出版当時から世界的に評判になった書である。こういう名著でも古本になると、運が良ければ100円で買えるという意味で紹介すると理解して頂きたい。
最初に紹介するのは、イラク戦争を機にブッシュ政権外交の主役ネオコンから決別したといわれた「アメリカの終わり」(Fフクヤマ)である。歴史学を学んだ人でないと分からない引用が非常に多いが、文章自体は難解というほどではなく私でも読めた。シリア問題でオバマがどういう対応をするのか、著者の主張する重層的多国間外交を推し進めるか、現在の問題にも当てはまる内容だ。
次に、「市場の変相」(Mエラリアン)で、有力経済紙の2008年のブックオブザイヤーに選ばれたものだ。サブプライムからリーマンショックに発展する最中に、これほどポイントを突いた予測をした書はない。大局を失わないで細部に迫る。「百年に一度の危機」といったのも著者だ。著者が証券会社ピムコで働いた時、毎日市場予測をして感性を磨いていったという件は私には目から鱗(うろこ)だった。
最後に、「市場検察」(村山治)も面白い。冷戦後のグローバリゼーションの新しい世界に転換していく時、官僚や政治が自らを変えていったように、検察も自白優先から事後チェック型に転換してゆく姿を、悩み対立する検察の人間像を通して描いたもの。本書を読んで過去の事件の結末を納得したものもある。未だに検察は転換途中にある、だが間違った方向ではない、と私は感じた。
(1.0+)池上彰のやさしい経済学 池上彰 2012 日本経済新聞 戦後日本経済史を平明な言葉で解説したもの。経済学入門書というより、経済のイロハも知らない初心者向けであり、大学生向け講義というにしては全く物足りない。
(2.0+)大収縮 検証・グローバル危機 2009 日本経済新聞 関係者の証言を交えて世界を恐怖の底に陥れたリーマンショックから1年を振り返ったもの。信用危機を網羅的にカバーし狙いは野心的だったはずだが、結果的には当時のニュースを表面的におさらいした程度に収まっている。何故リーマンを破綻させたか、何故対岸の日本が痛撃を受けたか、突っ込み不足で多くの人の疑問に答えてないのは残念というかもったいない。
(1.5)2012世界大恐慌サバイバル 片岡剛 2012 フォレスト出版 給与のグローバル化(平坦化)、バブルが中流を厚くした、QE3の必然性などの鋭い指摘は一読に値するのだが、一方で根拠が怪しい予測がない交ぜに、リーマンショック世界同時不況の生き残り戦略を説いたもの。大恐慌が来ると読者を脅し長期的に円高傾向を前提に、安全策として金と現金保有を勧めるのはあながち間違いではない。だが、最低限予備知識のある方でないとミスリードする恐れあり。
(2.5)異業種競争戦略 内田和成 2009 日本経済新聞 デジカメやパソコンからフリーペーパーやスマホまで業界の垣根を越えたビジネスモデルの戦いを、専門用語を使わないで分かりやすい言葉で解いた佳作。異業種競争はビジネスモデルの戦いであり、経営者には戦時のリーダーシップが求められるというのは適切な指摘である。
(3.0+)市場の変相 Mエラリアン 2009 プレジデント社 原書はリーマンショック前に書かれたが、サブプライム問題の本質を把握して、その後の世界金融危機に発展すると系統的に予測した名著。大転換中の市場が発するシグナルをグリーンスパンが見逃し、過剰リスクをとる市場とその構造変化を学際的な理論を用いた科学的な解説は印象深い。
(3.0-)市場検察 村山治 2008 文芸春秋 冷戦終結後のグローバリゼーションを追って自白優先の護送船団方式から事後チェック・ルール強化型社会にあった検察のあり方に転換していく様を検察幹部と特捜現場の人物と摩擦を交えて描いた佳作。表に出てきた事件の裏側で何が起こっていたか、コンセプトと人間関係の両面から追いかけたもの。国民の安全と財産・社会の安定の為、旧来の異能検事からリーニエンシー(司法取引)導入の必要性を唱えているのも興味深い。
(3.5)アメリカの終わり Fフクヤマ 2006 講談社 冷戦後の「歴史の終わり」がベストセラーになりネオコンを代表する思想家がネオコンと決別した書といわれる。ネオコンの変遷の歴史とイラク戦争後の世界の問題を指摘し、キッシンジャー風の現実的なパワーポリティクスへの回帰を否定、重層的多国間主義を提言している。
(1.5-)アメリカ経済終わりの始まり 松藤民輔 2006 講談社 サブプライム焦げ付きが火を噴く前の2006年に米国発の金融危機を予測し驚くが、読み進むにつれ期待が失望に変わる。何が起ころうと米国の没落と日本の台頭に著者の金ビジネスの宣伝だったことが分かる。
(2.5-)政治メディアの「熟慮誘発機能」 小川恒夫 2006 八千代出版 小泉劇場からマニフェスト選挙という時代背景で、受け手(視聴者・購読者)が争点を深く考えて判断する報道のあり方を説いたもの。事実を羅列した客観報道よりも、受け手に身近な影響の予測を含めた報道が熟慮を誘発するという。専門外の一般人には専門用語乱発で読みづらいが苦労して読む価値はある。
読書録を始めて以来、多分今夏が最も本を読まなかった3ヶ月だったと思う。私には畑違いの分野で難解な書物に取り組み、暑さで脳みそ沸騰状態になって読破に手間取った、サンルーム増築で時間がとれなかったから、言い訳は沢山ある。
読んだ本は10冊にも満たなかったが、内容的には充実していたと思う。上記3冊以外に佳作というほどでは無いが紹介したい本がある。一つは「異業種競争戦略」(内田和成)は今進行中の技術やビジネスモデルの進歩で異分野から競争相手が現れる状況(カメラが家電にCDがネットに置き換わったような)を描いたもの。身近なものがドンドン変化している状況に驚く。
最後に、「政治メディアの「熟慮誘発機能」」(小川恒夫)を紹介したい。必要以上に専門用語を使った悪文で冒頭紹介した2冊の名著とは違う。小泉劇場から政権交代したマニフェスト選挙までの経緯を分析して、選挙民が政策を深く吟味した上で投票する為に、マスコミは政策のもたらす結果を予測して報じるべきと説いたもの。先の参院選でも明らかなように道は遠いが考えさせてくれる。■