通でがんす

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(旧ブログタイトル:通じゃのう)

被爆遺構展示館

2022年04月14日 | 広島の話題

先日、平和記念公園内にある
被爆遺構展示館を見に行ってきた。

平和記念公園がある場所には、
米軍が原子爆弾を投下するまで、
旧中島地区と呼ばれる
江戸時代から続く繁華街があった。
その旧中島地区のほとんどが
爆心地から500メートル以内にあったため、
一瞬にして全滅してしもうた。
戦後、ここを平らにした上に盛り土をして
今の平和記念公園とした。

このたび発掘された被爆遺構の一部を、
今年の3月26日から一般公開しているのが
被爆遺構展示館なんじゃの。



今日は、平和記念公園内にある
被爆遺構展示館
についての話でがんす。



↓被爆遺構展示館については、こちら↓

「被爆遺構展示館」広島市公式ホームページ




被爆遺構展示館は、
原爆資料館の北側にある
約3.2メートル四方の建物。
画面左手前にあるのが、
詩人・峠 三吉(とうげ さんきち)の
「ちちをかえせ ははをかえせ」の詩碑。



展示館の中には、発掘された
旧中島地区の被爆遺構が展示してある。
手前が側溝と、
当時としては珍しかった
アスファルト舗装の道路。
左奥の黒い部分は、
炭化した畳のレプリカがある。



プロジェクターでは、
遺構の説明や被爆前の町並みを
紹介している。



被爆前の町並みと暮らしの展示。
このあたりは、旧中島地区の
天神町(てんじんまち)があった。
天神町の名は、
菅原道真(すがわらの みちざね)を祀る
天満宮があったことに由来するという。



左が被爆の証言で、
右が積層(せきそう)の記憶の展示。
天井からはプロジェクターが
吊り下げられている。



ところで…、
旧中島地区という名前から
何か思い出しませんか?

そう!
漫画『この世界の片隅に』の冒頭で、
主人公のすずさんが
のりを届けに行ったのが、
ここ、中島本町にある
ふたばという料理屋でしたの。

手前を流れる本川を、
川下(画面右手)にある江波(えば)から
船で上ってきたすずさん。
本川に架かる橋の手前、
写真の中で船が止まっているあたりで
船から下りて雁木(がんぎ)を上り、
にぎやかな中島本町を歩いていく。

今は平和記念公園があるこの場所も、
原子爆弾が投下されるまでは、
こんなにぎやかな町があったんじゃの。



展示館の内外には、
モニタリング機器が設置してある。



…こんな具合に。


この被爆遺構を展示するのに、
なんでここまで気を遣うてんじゃろ?
以下、わしの勝手な想像じゃが…。

今年の3月、
奈良県明日香村の高松塚古墳で
極彩色の壁画を発見されてから50年になる
いうことが話題になったのは
まだ記憶に新しい。
壁画に描かれた女性は
「飛鳥美人」と呼ばれ、
教科書でも紹介されとりましたの。

現地保存された壁画は、しかし
外気に触れたためカビにおおわれ、
そのカビを防ぐために使われた
薬剤によって劣化が進んだ。

これらを反面教師に、
ここまでシビアにモニタリングを
しとってんじゃないじゃろか?


以下、被爆遺構展示館での
「見学時のお願い」を掲載します。
被爆遺構をできる限り長く、
現状のままで保存するために、
見学される際は
ぜひ守ってほしいもんじゃ。


1、館内(特に展示スペース内)ではエアコンを使用することができません。

2、ドアを開けたままにしないでください。(新型コロナウイルス感染症対策のため、館内での会話は控えてください。)

3、館内に濡れた傘を持ち込まないでください。(館外の傘立てを御利用ください。)

4、館内に飲食物を持ち込まないでください。

5、館内にアルコール消毒液を持ち込まないでください。(アルコール消毒液は館外でお使いください。)

6、館内では、水拭き掃除やアルコール消毒液による消毒はできませんので、館内のものには、あまり触らないようにしてください。

6、遺構の展示箇所に物を投げ入れないでください。(誤って物を落とした場合は、職員にお声がけください。)




訪問日:2022年4月8日



今日は、平和記念公園内にある
被爆遺構展示館
について話をさせてもろうたでがんす。


ほいじゃあ、またの。
コメント
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