晴徨雨読

晴れた日は自転車で彷徨い、雨の日は本を読む。こんな旅をしたときに始めたブログです。

大唐内のこと(34) 鬼伝説 2/1

2011-02-02 | 歴史・民俗

2011.2.1(火)曇

 大唐内の大蜘蛛を退治した有安の藤元善右衛門という人物は弓の名人であった。時代は解らないが、乱暴狼藉をはたらいたろくぶを百メートル離れたところから射抜いたという。倒れたところがや神さまで脇腹の痛みにご利益があるという。善右衛門のお墓は山の小高いところにあると言われているので、雪が解けたら是非訪ねてみたい。藤元家も訪れたら善右衛門の人となりについて言い伝えがあるかも知れない。酒呑童子退治の渡辺綱も弓の名人である。ここのところに何か共通する理由があるのだろうか。
 弓というのは鬼を退治する、あるいは追い払う道具のようである。「延喜式」には鬼払いの儀式に桃の木で作った弓を使用した旨記述がある。「酒呑童子の誕生」(高橋昌明著)でも「保元物語」の中に弓を以て悪鬼、行疫神を追う文章を紹介している。弓は武具としてだけでなく、邪鬼払いの儀式に多用されたようだ。例えば鳴弦の儀(めいげんのぎ)とは矢をつがえることなく、弦だけをひいて放つ邪鬼払いの儀式である。弓の名人が登場するというシチュエーションは大蜘蛛伝説=鬼退治伝説であるというひとつのヒントでは無かろうか。
 ところで綾部でもいくつかの神社で弓神事があることが知らされている。先日テレビのニュースで弓神事を報道していたが、的の裏に鬼の文字が書いてある。さもありなんと思ったわけだが、弓神事の本来の意味は海人族の日神祭祀であろうと真弓常忠氏は「古代の鉄と神々」の中で述べている。Img_2049

阿須々伎神社の弓を射るお堂(なんて言うのか解らない)百射の神事が行われるという。うどん屋は竹松うどんの竹原さん。(’09.2)


 物部町には的場の地名があり、的場さんとおっしゃる方にもお目にかかった。上林の老富町にも的場があり、産屋の大原にもマトバ、上川合にはハマイバ(浜射場か)まである。
 海人族→弓矢→鬼退治といった構図が想像できるのだが。つづく
(大唐内のこと(33)は2011.1.30)

【作業日誌 2/1】
ガーデンシェッド、ドア作製(面取り等)、外枠ペンキ塗り

今日のじょん:かみさんが腰痛で曲がったまま歩いているので、「ネアンデルタール人みたいやなあ」と言っていたら、「おとーさん、じょんがナヤンデルタール人しとるで」と笑っている。「入いろか止めよか考え中」みたいな考える人風な恰好で眠っている。これは笑える。Img_2257
 

コメント
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