お金の価値ってなんだろうかと、最近よく考えます。
50歳を前にして、あと何年かで会社を退職、その後のことを考えだすと、おカネに行きつきます
働かなければおカネがなくなる、働けば自由な時間が無くなる・・・
そこをどうバランスさせるか。
それは今も当てはまります。
今会社に行って、朝から晩まで一生懸命働いておカネを稼いできます。
言わば、時間をおカネに変えています。
ボクの自由な時間を犠牲にして 1時間当たりいくらで会社に買われているのです。
じゃあ使う方はというと。。。。
基本は時間を買ってるんだと思います。
高速道路に乗るなんてのは、まさにそうですよね。
おカネを払って目的地に早く到着する。
家の壁を塗るのもそうですね。
自分でやれば材料費だけでできるけど、業者に頼むと手間賃がかかります。
モノを買うのも、誰かが材料を買ってきて部品を作り、その部品を誰かが組み立てたモノをボクらが買います。
材料はというと、誰かが木を植えて切ったり、原油を掘ったり、鉱石を採掘したりしたのを、誰かが運び、それを誰かが加工したものです。
つきつめていくと、必ず誰かの手間賃、誰かの時間を買ってるということになります。
これが一昔前の自給自足の時代は、全部自分たちでやってたんですね。
それが工業が発達したりしてくると、みんなで分担して作るようになり(ボクは農機具をつくる、私は服を作る、とか)、それをお互い融通しあうようになって、貨幣経済が発達・・・
なんかややこしい話になってしまいましたが、つまりボクは自分で全部やれないから、誰かがやってくれたのをおカネを出して買っています。
うむむ、、、まさに「時はカネなり」ですねぇ~
え、?ちょっと意味が違う? まぁそうかもね
何が言いたいのかよくわかりませんね。
つまり、働くと、おカネが増えるか、おカネが減らないか、どちらかだということでしょうか。
働くといっても、誰かに雇われるということだけではなく、誰かがやるべき仕事をやるという意味です。
さっきの「家の壁を塗る」という作業は、業者に頼めば何十万円かかかりますが、自分でやればペンキ代の1万円で済みます。
支出が減ったので、貯金は貯まります。
薪も買ってくると、1シーズンで5万円くらいかかりますが、どっかからもらってきて、切って、割って、並べて、運べばタダです。
休日にも一生懸命仕事をしていますが、なんだかいろいろやったけど全然得した気がしない。
でもこれをおカネの価値に治すと、かなりの額になるはずです。
そうだ、これを正当に評価してもらわないといけませんね
ということで、お小遣いは休日働いた分を換金して上乗せしてもらいたい!!
・・・・
なんだか全然違った結論になってしまいましたが、これはこれで立派に筋の通った主張だと思いますので、今日のところはまぁ良しとしましょう