屯田物語

 フォレスターとα6000が旅の仲間
 オンネトーの秋、青い空と紅葉が湖面に映えて美しい!

さわり

2005年01月31日 | 日常
”さわり”ってどういう意味だと思いますか。
たとえば「物語のさわりだけ教えて」といわれたとき、”さわり”ってなんのことか分からなければ説明できません。
「日本人は日本語を知らないぞ」というテレビ番組が昨日放映されました。
普段何気なく使っている言葉の意味を正しく知っているかどうか、言語の専門家(?)が出演者の方々に問答形式ですすめていく番組です。
そのなかで冒頭の質問がありました。
”さわり”とは「肝心なところ」「大切なところ」と答えた方が多かったようですが、専門家先生は”さわり”とは「印象的なこと」という意味であって、「肝心なところ」とかいうような意味ではないと断定されました。

わたしは”さわり”の意味はちょっと違うと思って調べてみました。
”さわり”とは”触り”とも書くようです。
由来は義太夫から派生した言葉で、曲の中で一番の聞きどころとされる部分、いわゆる「サビ」を指すとありました。
たしかに、辞典では”さわり”とは「心の感じること」とありますが、「印象的なこと」とはちょっとニュアンスがことなります。
”さわり”とは「聞きどころ」「見どころ」「話などの要点のこと」というのが正しいでしょうか。
やや傲慢な専門家先生の独断に疑義をもった次第です。



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大通公園のホワイトイルミネーション

2005年01月30日 | 日常
札幌テレビ塔


2月7日から札幌雪まつりがはじまります。
雪像の土台つくりをやってました。
きょうは北都中学の同級生との新年会です。
待ち合わせまでに少し時間があったので、ホワイトイルミネーションを撮ってみました。



幻想的な美しさです。

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北都中学の新年会

2005年01月29日 | 同期会


待ち合わせは三越ライオン前です。
向かいはパルコです。


旭川北都中学札幌在住のクラスメイトと新年会をやりました。
そのときのスナップ写真はわたしのホームページ やちぶきの春 のフォトアルバムに掲載しております。
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武士は禿げると隠居する

2005年01月28日 | 日常
面白いタイトルに惹かれて新書本「江戸の雑学」を買ってしまいました。

「ザンギリ頭をたたいてみれば文明開化の音がする」
明治になって、長い間つづいた伝統のチョンマゲが廃止になりましたね。
チョンマゲは江戸時代最大の特徴です。
武士と町人では髷の結い方は違いますが、月代をきちんと剃ることは最低限の身だしなみとされていたようです。
映画やテレビの時代劇を観ても、月代を手入れしていないのは無宿人か落ちぶれ浪人ぐらいと相場が決まっていましたね。
チョンマゲは階級の印であり、武士が武士らしくあるためにはチョンマゲは絶対に必要なファッションだということです。
それ故、武士は髪が薄くなって髷が結えなくなると隠居せざるを得なくなるわけです。
歳を取ってからなら仕方ないとあきらめても、若禿は切実な問題だったと同情します。
理由はともかく江戸時代の武士は自らの出処進退は潔いと思いました。





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科学者の予測

2005年01月24日 | 将棋
文部科学省が未来技術の実現時期の予測として、2015年までに「プロ将棋の名人を破るソフトウエアの開発」をあげている。
チエスでは、1997年5月世界チャンピオンのカスパロフ氏とディープ・ブルーのチェス・マッチが行われ、対戦結果はディープ・ブルーが2勝1敗3引き分けで勝利した。
ディープ・ブルーはIBMが開発した超並列のチェス・コンピューターである。

将棋はチエスと違って、相手側から取った駒を自分の駒として使えるので、変化手順は約1億以上あるといわれている。
コンピューターは常に有効な手を指す様にプログラムされているはずなので、最善手(プラスと計算される)がなかったとき、どのような手を選択するのだろうか。
しかも、有効な手がいつも最善手とは限らないし、最善手を指すだけでは勝つことができない。
相手の悪手をとがめるという指し方も必要となる。
手のないときは端歩を突く、相手に手を渡す、といった情緒的な思考がコンピューターに出来るかどうか疑問である。

仮にそういうソフトが開発されたとして、電卓と演算能力を争うのと同じことで、プロに勝てたとしてもあまり意味がないかもしれないね。
「2001年宇宙の旅」のHALのような知能をもったコンピューターが開発されれば別だけど。

愛用のチエス盤です。
将棋と同じ感覚で指すのですが、なかなか勝てません。

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カントリーロード

2005年01月23日 | 

オロロンライン(猿払原野)を走る、左側は日本海です。

ドライブのとき「車の中で一番聴きたい曲」はというアンケートがあり、アメリカでは「カントリーロード」(Take Me Home Country Road)をあげる方が多かったそうです。
久しぶりに都会をはなれ、田園風景の続く真っすぐな道を「カントリーロード」を口ずさみながら走ると爽やかな風を感じるかもしれません。
もし故郷に帰る旅なら、こころ弾むドライブになりそうです。

そういえば、この曲は「耳をすませば」のテーマソングに使われていましたね。
雫とおじいさんのお友達みんなで「カントリーロード」を演奏する場面を憶えていますか。
夢と優しさと生きることの素晴らしさ(この作品のテーマですね)は、このシーンに凝縮しているように思えます。
雫の「コンクリートロード」の替え歌も愉快でしたね。

日本の曲では、どんな歌がドライブに合うと思いますか。
石狩から留萌、羽幌、稚内に向かうオロロンラインを走るときは「岬めぐり」ですね。
美瑛から富良野に向かうときは「北の国から」がお薦めです。
知床半島を周遊するときは、もちろん「知床旅情」でしょう。
でも、「カントリーロード」のような普遍的な曲はちょっと思い浮かびません。

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碧空の彼方に

2005年01月22日 | 日常

知人のKさんが描いた「マリーゴールド」
素敵なスケッチ画ですね。

わたしにとってタンゴは22歳の青春てす。
「碧空」を聴いていると、今でも昭和39年の記憶が蘇ります。
定時制の高校生であるウエイトレスのM子さんは出勤すると、
わたしのために毎朝アルフレッド・ハウゼのLP盤をかけてくれました。
「碧空」の伸びやかな旋律が流れるとき、
「おはよう!」と彼女の朝の挨拶が聞こえてくるのです。
期末試験が近づくと、早朝の店内で勉強をみてあげたりして、
いまとなって懐かしくほろ苦い思い出となりました。(笑)

「タンゴが好きだ」といったら、
友人Hの兄さんから「ロマンティストだね」といわれたことを憶えています。
たしかに、そうかも知れませんが。

タンゴの神様といわれたアルフレッド・ハウゼ氏が86才で死去されました。
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俺は新モンゴロイド

2005年01月21日 | 日常
日本人の祖先は古モンゴロイド(縄文人)と新モンゴロイド(弥生人)が混血を重ねて全国に広がったものと考えられている。
古モンゴロイド人の顔は彫りが深く、二重まぶた、手足が長い、体毛が濃く、新モンゴロイド人は扁平でのっぺり、一重、胴長、体毛は薄いという特徴がある。
どちらの遺伝子を多く受け継ぐかで、古・新のモンゴロイドに決まりそうだが、自分の特徴を考えると典型的な新モンゴロイド人であることに間違いない。

恐竜と同時代に生きていたカモの化石が見つかったという記事があった。
6千6百万年前~6千8百万年前の白亜紀末の時代である。
恐竜絶滅は6千5百年前といわれているので、恐竜全盛期にカモが生息していたとは、なにかユーモラスだよね。
次回の「ジュラッシック・パークⅢ」に新種のカモが登場したら面白いカモ。


読売新聞(1月20日朝刊)
スキャナを使いたくて、なんでも転写してます。(笑)
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1万8千年前の夢

2005年01月20日 | 日常
シベリヤの永久凍土で三年前、発掘されたマンモスの頭部「ユカギル・マンモス」の標本が愛知万博に展示される。
このマンモスは1万8千年前の雄で推定年齢40~45才、体高2m80余りである。
骨格だけの恐竜と違い、筋肉や体毛はそのまま残されている「生きた化石」なのだ。

読売新聞(1月19日夕刊から文と写真を転載しました)

1万8千年前はまだ氷河期ですね。
当時は海面が低下していて、大陸と日本は陸続きであったので、人類はマンモスやナウマン象を追って日本にやってきたようです。
2,3万年前に日本に来たのは古モンゴロイドで縄文人の祖先といわれ、紀元前300年頃にきた新モンゴロイドは弥生人といわれています。
勘定の仕方で、1,2,3という場合と、ひ、ふ、みという場合がありますが「古モンゴロイドと新モンゴロイドのふたつの言い方がそのまま残った」となにかの本で読んだことがあります。
それが本当だとして、当時の言葉がそのまま日本語に伝わっていたということは夢があります。




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沙羅双樹の花の色

2005年01月18日 | 日常
  祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり   
  沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす   
  驕れる者久しからず、ただ春の夜の夢の如し  
  猛き人もついに滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ

きょうのNHKの番組で平家物語の第一本から「沙羅双樹の花の色」について龍安寺の住職からお話がありました。
沙羅双樹の花は「朝咲いて夜落ちる」、一瞬に咲いて散る花の命の短さを譬えたということはわかっていても、沙羅双樹ってどんな樹なのか花なのかは知りませんでした。
沙羅双樹は日本では夏椿のことだそうですね。
実際の沙羅双樹はインドの木であり、夏椿とはまったく別な種類とのことでした。

平家物語を諳んじますと小泉八雲の怪談「耳なし芳一」のことを思います。
琵琶法師の芳一は平家物語を得意としてましたが、平家の怨霊にとりつかれ経文を書き忘れた両耳をもぎとられるというおそろしい物語です。
わたしはこの怪談話から、自分のペンネームを芳一と名乗ることにしました。
平成12年にはじめてニフティの将棋順位戦に参加したときのハンドル名も芳一です。
赤間神宮に「耳なし芳一」の坐像を安置しているので、平家の怨霊にとりつかれることのないよう少しでもはやくお参りにいかなければと思っております。



北都中学校の美術の金子先生の水彩画です。
昔の小樽運河(と思いますが)はこういう情景だったのでしょうか。
懐かしい感じの絵ですね。
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