屯田物語

フォレスターとα6000が
旅の仲間
さあ、カメラを持って
出かけよう!

ギャラリー大通美術館

2013年04月23日 | 日常


「浅野明子・田中恵子・本間洋子 三人展」を見てきた。
浅野さんは高校の同期。

「作風が変わったようだけど・・」
「ええ、新しいことに挑戦したのです」

彼女の挑戦が連作の骨子となって、
豊かな色彩感覚と柔らかなイマジネーションのなかに力強さが満ち溢れていた。
「残光」、「転生」、「胎動」、「埋葬」などタイトルから、
「生と死」あるいは「誕生と再生」、
生命の源をモチーフに描いた作品に大きな安定を感じるのである。
130号の二点の作品(道展に出品予定)はさすがに迫力があった。



タイトルは「残光」、鮮やかな色彩がきらめいてわたしの好きな作品である。

彼女の自画像はアニメチックで剽軽なタッチが楽しそう!
高校時代の清楚な容姿からなかなか想像できないけどね。



中山峠

2013年04月21日 | 日常


先週、中山峠~洞爺湖へ行ってきた。
道の両側はまだ積雪あるが、日中は夏タイヤで走行できるようである。

湖畔のホテル・・
夕食は定番のバイキング料理だが二日目になるとそれに飽きて、
あまた料理が並ぶなか、皿にとったのは「餡かけ焼きそば」だけ、
口直しに「白玉お汁粉」を大盛り、そして珈琲とケーキをいただいておわりである。
無線ランはロビーで接続できても部屋ではつながらない、いまどきのホテルでこれはないぞ。
もっとも、テザリングでアイパッドは使ったけどね・・

道北を巡った歌人たち

2013年04月18日 | 西勝洋一
旭川に建つ歌碑といえば、まず、神居古潭の九条武子、春光台の若山牧水の二つが頭に想い浮かぶ。

 たぎつ波ましろう白う岩にちる神居古潭のくもれる真昼  九条武子

九条武子は大正期を代表する女流歌人、旭川には大正11年と昭和2年に訪れ、
神居古潭でこの歌を詠んだという。
先年亡くなった村岡の母が、「九条武子さんはきれいな人だった」
と繰り返し言っていたことをよく覚えている。

  野ぶどうのもみぢの色の深けれやからまつはまだ染むとせなくに  若山牧水

牧水の歌碑を春光台へ訪ねたときのことは↓をクリックしてください。

牧水の歌碑

平成24年4月13日、石川啄木没後百年の命日を記念して旭川駅舎内に啄木の歌碑像が建てられた。
啄木が旭川の駅前旅館に宿泊したときの歌四首が刻まれているそうだ。

四年ほど前、井上靖記念館に斎藤史の歌の短冊が展示されていた。

  つゆしぐれ信濃は秋の姥捨てのわれを置きさり過ぎしものたち  史

この短冊の横に「西勝洋一氏所蔵」とのことわり書きがあって、
思わぬところで友人の名前をみつけたから驚いた。



「道北を巡った歌人たち」

装丁の写真はカムイコタンのトンネルであろうか。
執筆者のひとり西勝洋一君は旭川東高の友人である。
同期の方たちに是非この本を読んでいただければ嬉しい。
~斎藤瀏、史のいた時代~を読むにつれ、
斎藤瀏の歌が年々洗練されてゆくのを感じるが、
そのなかで、次の歌は文語体の読解力がなくてもせつなく胸に響いてきたのであった。

  薪をきる同じ調子の音さびし薪きり男歌を謡へよ(家々の薪を切りて口を糊する男あり)  斎藤瀏

大正時代、旭川では他所様の薪を切って生計を立てた人がいたのである。

鬼の霍乱!

2013年04月13日 | 日常
”鬼の霍乱”とうべきか。
すっかり風邪をひいたので、しばらく家のなかでおとなしくしていた。
今日は”将棋竜王戦”の第四局がある。
風邪でボッとした頭にはちょうどいい気分転換になりそうだ。

2006年4月13日の「屯田物語」↓から

4月のモエレ沼公園である。
三日月湖のほとりにはフキノトウがぽつぽつと見える。
モエレ沼の橋を渡っていると、
キンクロハジロが泳いでいた。
遠いからコンパクトデジカメで狙うのは難しいが、何枚かシャッターを切ってみた。
このときは一眼レフがあればいいよね。

三日月湖をはさんで、モエレ山とガラスのピラミッドを眺めた。
二枚の写真を連結したが、早春の雰囲気を感じていただけるだろうか。

昨年5月の モエレ山(クリック) の風景・・
この時期になると緑も濃くなって辺りは明るく陽気である。 

4月10日
モエレ山公園の三日月湖畔の光景から・・







将棋竜王戦 「人間」対「機械」

2013年04月07日 | 日常
いま、「将棋竜王戦」が熱い!
プロの棋士対コンピューターの将棋竜王戦は三局おわって人間側の1勝2敗である。
最強の将棋ソフトは1秒間に3000~4500の局面を読むことが出来るように設定されていて、
まさにスーパーコンピューター並みの思考回路である。
毎週土曜日、ニコニコ動画で一日中観戦しているが、
「将棋竜王戦」でもっとも感動したことは将棋ソフトの”負けない強さ”ではない。
10時間にわたって集中力を切らすことなく、
ひたすら読み続けるプロ棋士のプライドと”底知れない脳力の深さ”に対してであった。
「人間」対「機械」の勝負は面白い、が、それ以下でも以上でもないということだ。
ディープブルー(スーパーコンピューター)がチェスの世界名人を破ったことはあるが、
それ以来「人間」対「機械」のチェスマッチがニュースになることはなくなった。
要するにそういうことである。

2005年1月24日 「屯田物語」から↓

文部科学省が未来技術の実現時期の予測として、
2015年までに「プロ将棋の名人を破るソフトウエア」の開発をあげた。
1997年5月世界チャンピオンのカスパロフとディープ・ブルーのチェス・マッチが行われ、
対戦結果はディープ・ブルーの2勝1敗3引き分けであった。
ディープ・ブルーとはIBMが開発した超並列のチェス・コンピューターである。

将棋はチエスと違って、相手側から取った駒を自分の駒として使えるので、変化手順は約1億以上といわれる。
コンピューターは常に有効な手を指す様にプログラムされ、
常に最善手(プラスと計算される手)を探し求めるわけだが、
最善手がいつも最善?とは限らないし、その積み重ねだけで勝つわけではない。
「手のないときは端歩を突く」という格言があって、
相手に手を渡すというアバウトで情緒的な思考がコンピューターに備わればもしかしてという期待はある。

プロに勝つソフトが開発されたとする。
だが、電卓と演算能力を競うのと同じで、
コンピューターの技術進歩に驚嘆しても、それが人間の知的能力を凌駕したことにはならない。
近未来、「2001年宇宙の旅」のHALが登場すれば別である。
愛用のチエス盤です。
将棋と同じ感覚で指しても、なかなか勝てません。

アベノミクス効果

2013年04月05日 | 日常
アベノミクス効果で円安、株高と順調に進んでいるように見えるが、
やはり、日本経済再生の最大の鍵はエネルギーの調達である。
といって、原発に代わるエネルギー源が容易く見つかるわけはないけど、
メタンハイドレートなどの採掘が具現化してほしいと願っている。

さて、原発はどうなるのか、
推進派も反対派も、まず放射能廃棄物の管理方法について徹底して議論すべきだ。
もっとも、反対派の一部は放射能とは無縁な”たんなる瓦礫”に対してクレージーに拒否したぐらいだから、
最終処理場などの決定などの話し合いがまともにすすむとは思えない。

2006年4月6日 屯田物語↓から

昨日、旭川から戻ってきた。
深川~妹背牛~雨竜~浦臼~月形~新篠津~屯田
途中、新篠津温泉で汗を流したが、
通いなれた国道275号線を一路札幌へ・・・

雨竜の田畑(パノラマ) は融雪剤をまいたのか、薄墨のシマ模様が浮かび上がる。
空知の田園風景も春近し。

「美瑛の丘」シリーズ、さいごは優しげな”親子の木”を見上げる。
つぎに来るときは”緑と土の丘陵”を歩いてみたい。



尊厳死

2013年04月02日 | 日常
さすがに四月ともなれば、かなり雪解けがすすんできた。
ただ道の両側はまだこのとおりの雪の塊が取り残されて、
これが消えるまで二週間はかかりそうだ。



さて、2005年4月2日の「屯田物語」である。↓

尊厳死の是非を巡り米国で大きな議論が巻き起こっている。
もし、自分が脳死状態にあったとしたら・・
回復の見込みがないまま生かされたくはない。
やはり、生前遺言で書き残しておいたほうがいいかもしれない。

ただいま、4月2日午前1時40分

さすが、札幌、夜が更けても街はまだ明るい。
もちろん山影が見えるわけではない。

藻岩と手稲山の真ん中からやや手稲寄り
西区宮の沢方面 北区屯田から撮影




モエレ山から少し南に寄ったところ
これで月があれば面白いと思って、いたずらして月を付け加えてみた・・・