現代版徒然草素描

勝手気ままに感じたままを綴ってみましょう。

問答有用。

2014-11-07 17:49:32 | お金の使い方
「なぁ。玉手箱」(こういって電話してくる人は限られています。)

「人間が使える道具で一番便利なものって何だ」いきなりである。それも、哲学的命題を振ってきた。

「一つじゃ無きいけないのか」と聞き直した。「うんにゃ」という。つまり、二つでも三つでもいいいう事らしい。

「だったら、口とお金じゃないのか」

「なんでだ」と切り返された。「口はどうにでもなるな。最近では、オレオレを名乗ったり、母ちゃん助けてと息子に成り済ますこともできているらしいが、・・・。

「なるほど、それで、お金の方は」ときた。

「古典的な経済学では、モノの価値を測る共通のメージャになっているけど、かつても、今でも、自分の分身を生み出すじゃないのか。現代社会を動かしているものはこの付加価値生産性だろうよ。ときどき脱線しちゃうのもお金だけど、・・・。」

「要はその使い方だな。ためるのも大変だけど、使い方を間違わないことの方がもっと大切だろう」

「何にでも化けちゃうだろう」


かなり昔の記憶

2009-03-17 09:37:48 | お金の使い方

親父とおじさんで話をしていた。「お金は貯めるより使うほうが難しい。」「使い方を知っていれば、大方のことはうまくいくはずだ。」と言うではないか。お盆か、お祭り時だったかもしれない。酒を飲みながらのやり取りだったような気がする。

私のおじさんは商売をしていた(おじさんの記憶、参照)。親父はどちらかと言えば技術者に近い。工事の現場監督などをしていた。まったく違う立場に立っていると言える。

親父と「お前は稼いだお金をどのように使うか。俺は投資したお金をどのように回収して稼ぐかと言うことだ。」と言い出した。確かに仕事をしてその対価を得ている親父と商売をしてお金を動かしているおじさんはお金の使い方が違うことは理解できる。まだ、中学生時代のことである。

何のことだろうと聞き耳を立てていると「人々の役に立つお金の使い方がある。」と言い出した。「これはどうも寄付とか、ボランティアのことではなさそうである。それ以外で人のためになるお金の使い方とはいったいどういう方法なのだ。」と興味を持った。合理的にお金を運用する方法があるらしいが、少年の頭では理解できないのである。

大きくなって、さまざまな経験をつんでくると「このようなことを言ったのだ。」とおぼろげに理解し始めることになる。営業と言う経験が接待とか、宣伝が売り上げに寄与することや、自分を儲けさせてくれたお得意さんのポケットにわずかばかりのお礼を返してくるという行為である。ギブアンドテークと言うことかもしれない。

お得意さんに酒屋さんがある。実験用の焼酎や晩酌のお酒のほとんどはそこから調達して来ることにした。生活のすべての商品がそういうわけにはいかないけれど何種類かはそのように振舞っている。タバコしかり、家を持ってからはその設備の補修等々である。

 【参考文献、自分を売り込む方法 エルマー・ホイラー著】

出来ればお世話になっている地域の中にそんな店があればよいが、店締めをしてしまっているところが多い。加齢とともに閉店しているところや大手のスーパーに押されて商売しにくくなっているのだろう。シャッター通といわれている現象である。

不況はその入り口に入ったところである。お金の使い方もさることながら、地域の中に、地方の中に新しい商品と企画が、何よりも仕事が必要になる。

花畑牧場や四国の葉っぱビジネスのような試みを始めなければ消費は容易に回復することは無いだろう。話題のある商品を開発して市場に提供すると言うことである。このことは「知恵比べ」のこの表題以下の記事を参照していただきたい。