三日前に、私のブログ「ガリバー通信」で警告したとおり、ビルマで悲惨な軍事政権による、無差別な国民攻撃がなされている。
何と驚くなかれ、日本人フリージャーナリストの「長井健司」さんが、ミャンマー軍の治安部隊に至近距離から、狙い撃ちされて亡くなったのである。
それも、ビデオ映像で克明に記録されていて、明らかにカメラを構えている彼を、兵士が射撃して殺したものである。
それなのに、日本政府はとんでもないコメントを出して、お茶を濁している。
こんないい加減な国家の姿勢なんてありえないのではないだろうか。
いくら、福田政権が誕生して間もないと言っても、ひとりの国民が海外の政府権力によって殺されたのに、危機感や抗議の姿勢が全く感じられない。
政府は最初は軍が発した流れ弾に当たった模様だとの見解を鵜呑みにして、正式なミャンマー政府への抗議もなく、様子を見守るといった感じの他人事の様に対応していたのである。
首相も、外務大臣も何とノー天気な御仁なのだろうか。
一国の政府は、自国民の海外での安全確保と救出、また万が一の事故や犯罪に巻き込まれた際の「自国民を守る」という最大の任務があるにもかかわらず、まるで他人事であり、全くの緊張感や責任感のかけらも見受けられなかった。
以前に起きた、イラクでの日本人の拉致、人質事件でも、突然飛び出した「自己責任」なる言葉が政府だけでなく、マスコミ全体に蔓延し、如何にも危険なところに行った人間自身の責任だとの追求がなされ、被害者である若者たちを如何に苦しめたことか。
今回のミャンマー軍による、デモ市民の制圧と言った非民主的暴力行為によって、殺された日本人記者「長井健司さん」に対して、まさか「自己責任論」を振りかざすことはないだろうが、政府の対応の遅さや言動を聞いていると、「またか!」と言った失望感でいっぱいである。
前時代的ではあるが、近代史の上では他国の権力によって、無意味な理由なき殺戮が行われた場合は、自国の面子とプライドをかざして「戦宣布告」もありえる様な、とんでもないケースなのである。
福田老首相をはじめとする「平和ボケ」大臣達と無責任な官僚たちに、猛省を求めると共に、遅まきながらでもミャンマー大使館並びに大使に抗議を行い、発砲者、すなわち殺人者の逮捕、刑罰はもとより、国家賠償や謝罪を要求すべきである。
アメリカ政府は、直ちにミャンマーの富裕階級の米国内の銀行預金の凍結策を実施したらしいが、日本政府の対応策のなさと日本のマスコミ全体が、呆けているのではないかと言うぐらいに、批判力を失っているとも感じる、今回の痛ましくもあり、怒り心頭の事件であった。
映像によれば、殺された長井健司さんは、路上に倒れてもカメラを放さず、群集と軍隊の衝突を撮り続けようとされていた。
まさに、ジャーナリストとしての精神と行動力には全く頭が下がる想いである。
ご冥福を心から祈ると共に、日本政府の猛省を求め、しっかりせよと叫ぶものである。
何と驚くなかれ、日本人フリージャーナリストの「長井健司」さんが、ミャンマー軍の治安部隊に至近距離から、狙い撃ちされて亡くなったのである。
それも、ビデオ映像で克明に記録されていて、明らかにカメラを構えている彼を、兵士が射撃して殺したものである。
それなのに、日本政府はとんでもないコメントを出して、お茶を濁している。
こんないい加減な国家の姿勢なんてありえないのではないだろうか。
いくら、福田政権が誕生して間もないと言っても、ひとりの国民が海外の政府権力によって殺されたのに、危機感や抗議の姿勢が全く感じられない。
政府は最初は軍が発した流れ弾に当たった模様だとの見解を鵜呑みにして、正式なミャンマー政府への抗議もなく、様子を見守るといった感じの他人事の様に対応していたのである。
首相も、外務大臣も何とノー天気な御仁なのだろうか。
一国の政府は、自国民の海外での安全確保と救出、また万が一の事故や犯罪に巻き込まれた際の「自国民を守る」という最大の任務があるにもかかわらず、まるで他人事であり、全くの緊張感や責任感のかけらも見受けられなかった。
以前に起きた、イラクでの日本人の拉致、人質事件でも、突然飛び出した「自己責任」なる言葉が政府だけでなく、マスコミ全体に蔓延し、如何にも危険なところに行った人間自身の責任だとの追求がなされ、被害者である若者たちを如何に苦しめたことか。
今回のミャンマー軍による、デモ市民の制圧と言った非民主的暴力行為によって、殺された日本人記者「長井健司さん」に対して、まさか「自己責任論」を振りかざすことはないだろうが、政府の対応の遅さや言動を聞いていると、「またか!」と言った失望感でいっぱいである。
前時代的ではあるが、近代史の上では他国の権力によって、無意味な理由なき殺戮が行われた場合は、自国の面子とプライドをかざして「戦宣布告」もありえる様な、とんでもないケースなのである。
福田老首相をはじめとする「平和ボケ」大臣達と無責任な官僚たちに、猛省を求めると共に、遅まきながらでもミャンマー大使館並びに大使に抗議を行い、発砲者、すなわち殺人者の逮捕、刑罰はもとより、国家賠償や謝罪を要求すべきである。
アメリカ政府は、直ちにミャンマーの富裕階級の米国内の銀行預金の凍結策を実施したらしいが、日本政府の対応策のなさと日本のマスコミ全体が、呆けているのではないかと言うぐらいに、批判力を失っているとも感じる、今回の痛ましくもあり、怒り心頭の事件であった。
映像によれば、殺された長井健司さんは、路上に倒れてもカメラを放さず、群集と軍隊の衝突を撮り続けようとされていた。
まさに、ジャーナリストとしての精神と行動力には全く頭が下がる想いである。
ご冥福を心から祈ると共に、日本政府の猛省を求め、しっかりせよと叫ぶものである。
しかし日本政府も世界の主な諸国も、このミャンマー軍政を国家として承認して、今回のような事件への対応も、内政干渉のごとく慎重かつ及び腰である。
とんでもないことである。
人民の抑圧や民主化勢力への弾圧など、暴力による権力行使は断じて許すべきではない。
たとえ、ロシアや中国が後押ししているといえども、間違いである。