玄関先の植木鉢に下町っぽさを感じさせるが、
ここは大阪南地・道頓堀の西。
暖簾に染め抜かれた創業明治三十五年の文字
本当に久々に訪れてみた。20年は来ていなかった。
大黒橋の近くにあったことから、この屋号。
道頓堀の劇場近く、芝居関係者も多く、古くは食満南北、
辰巳柳太郎、池波正太郎…しかし色紙の一枚も飾るでもなし
古い絵ハガキが額になっているだけ。
おひるのかやくご飯に小鉢二品、味噌汁、漬物で千円のセットが
お得である。この日はきんぴらごぼうに茄子のたいたん。
こういうのが出てきては、いけません。
燗酒など所望するわけです。
一人なのですから遠慮することはありません。
遅い昼どきですが、二組ほどの客がいます。
ほどなく、かやくご飯が出てきます。
蓋をとると、ふわ~っとイイ香りが立ち昇ります。
なんでもないかやくご飯だけど、そこにはさりげないコツが
散りばめられている気がします。
具はどれも小さく刻まれ、ゴボウで香り・こんにゃくで食感・
油揚げで脂っ気を補い、細かいもみ海苔がまた香りを加えます。
一粒ずつが分かるちょっと固めの炊き方がいいんです。
そいつをふわっと空気を含むように大き目の飯椀に盛ってある。
ベタベタせず、箸離れがいいんです。
う~ん…と、唸らされました。
味噌汁がまた、ここならでは。
玉子入りなんてのは、おつなもんですね。
白味噌の中に半熟卵の入った白玉、赤玉(赤だし玉子入り)、
この季節は粕汁もある。
南地の遊び人あたりが、精つけるために卵落としてくれ、と
なったのでは、と勝手に想像。
なんでもないこんな香の物でも、ちょっとひねってある。
そんな心意気が嬉しいというものではないですか。
織田作の『夫婦善哉』に出てくる千日前の「だるまや」は
実際には「だるま」というかやくご飯の店だったが、
バブルの頃に廃業。僕の記憶ではこちらの方の味が上。
向こうはもう少しベタッとしてた気がします。
サラッと食べ終えますが、アッサリとした中に滋味深いものあり、
胸がいっぱいになります。
無残に変貌を遂げる南地ですが、ここに良心が残っていたような
大阪、まだまだ捨てがたい、ええとこあるやん…そんな気さえします。
「大黒」のかやくご飯、昨今、お忘れではないですか。