遅いことは猫でもやる

まずは昔メールした内容をひっぱってきて練習...
更新は猫以下の頻度です。

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サグラダ・ファミリア

2016-12-16 06:06:15 | 行ってきました
前の公園の池越しに見る(夜間がきれい)
   生誕の門
   生誕の門ファザード

バルセロナと言えば何と言ってもサグラダファミリア。彫刻が散りばめられた外観の特徴ある姿とは対象的に、一歩中に入ると神秘的と言うか清々しい森のなかに足を踏み入れたような感じがする。この対比の素晴らしさはまさにガウディが天才であることを実感させてくれる。彼のライフワークであり、彼の棺もこの地下礼拝所に安置されている。

   内部ステンドグラスは、場所により大まかな色の傾向が統一されている
   柱列も単純な直線にはなっていない
   主祭壇は何か近代的な感じがする
   後方から主祭壇方向を見る
    天井のデザイン
   西側(夕陽を受ける側)のステンドグラス

内部は前回の訪問時よりさらに完成度が高くなっており、見学者も2割ほど増えていたように思う。今年から見学は全面予約制になったとガイドは言う。公的な助成金が出るようになり、入場者も増えたことから建設費が潤沢になり、新鋭の建設機材を使用できるようになって、建設期間がぐっと短縮され、あと100年近くかかると言われていたのが、2026年ごろ完成できるというめどが立ったという。

今やアルハンブラ宮殿、プラド美術館を抜いてスペインでもっとも観光客が訪れる場所となったこの教会はたしかに魅力ある建築物である。私は特に内部が好きだ。

   受難の門(ファサード)
   受難の門付近の彫刻

バルセロナでのランチ

2016-12-15 05:07:52 | グルメ
   焼きムール貝
   生ハムとイカリング
   クリームコロッケ
   パエリア
   デザート

グエル公園では小ぶりだった雨足が少し強くなり、カサ・ミラはバスの窓から見学(以前私は内部見学していたので一向構わなかったが)、サクラダファミリアを裏の池からちょっと眺めて、入場時間調整をかねて昼のランチ会場へと向かった。教会すぐ横のレストランで昼ごはん。そりゃあバルに勝るとも劣らないピンチョスが出てくるので、カヴァなしでは寂しい。

本日のメインはパエリアであった。ここのお昼はかなりの充実したものであるが、団体観光客相手とは思えない。日本国内のバス移動団体客相手のいい加減な昼食を見ていると、これは夢のようである。すっかり満足して終えたが、時間は未だたっぷりあり、隣の土産物店で時間を潰す。こういった時間が私はとても苦手である。

移動バス

2016-12-14 03:36:58 | 雑感
チームバス

バルセロナの観光で使用したバスは、天井にも窓があり、星空のような意匠のライトが埋め込まれていた。後部にはサロンが設けられ、それとは別に向かい合わせに4席が囲む座席もあり、何やら少し垢抜けた内装だった。

このツアーには、二人の小学生連れの4人家族が参加していたので、4人席はその家族に譲ろうと、皆が合意していたが、現地ガイドの説明では、このバスはFCバルセロナの長期移動バスとして使われているとアナウンスが有った。

そういえばサロンのテーブルの上や、座席のシートカバーに、FCバルセロナの紋章が描かれている。となれば、ひょっとすると、今座っている座席に、メッシやネイマール、スアレスなどが座っていたかもしれない。

先日ノーベル賞受賞者大隅教授が、自分の座る椅子の裏にサインをしたように、このバスの座席にもサインがしてあればちょっとしたプレーヤー気分が味わえるのに、とちょっぴり残念な気持ちと、同じバスで移動したという少し面白い気分とを同時に味わった。

   バス内部


バルセロナ グエル公園

2016-12-13 04:16:49 | 行ってきました
   公園内にあるガウディが住んでいた住宅
   広場と西門を繋ぐ通路
   広場を遠望する
   広場を縁取るモザイクのベンチ 縁が少し出っ張っているデザイン

バルセロナではやはりガウディである。サクラダファミリア、カサ・ミラ、グエル公園など代表的な建築物を回った。
前回訪問の時グエル公園はいってなかったので、今回の私の楽しみはここであった。ガイドブックで見る限りガウディのグロテスクな側面を表す、趣味の良いとはいえない場所だという認識であった。

ここはもともと都市開発の一部で、グエル氏の所有するセメント工場の場所の再開発で、高級住宅地を作ろうとして始まったところである。途中で何らかの理由で公園になったのだが、公園建設には工場の廃土、タイルの破片などをリサイクルするという目的もあったらしい。

園内の斜めになった通路、ベンチや階段などそれらの廃材や廃土を活用した建造物が並んでいるのは建築家+デザイナーとしての天分が存分に発揮されています。

   広場から見下ろす門脇の建物
   上は開発初期の邸宅
   広場横の通路 廃土の活用
   広場真下の天井
   公園内の建物
   西門前の階段

西門前の階段にはシンボルマークとも言うべきオオトカゲのモザイク像があるが其処は撮影ポイントらしく終始賑わっている。顔つきは似ているが、仕草が違っているのが日本人、中国人、韓国人である。日本人はまずVサインを出す。中国人は他人が撮影中であろうと、立ち入り禁止区域であろうと平気で撮影する。韓国人はプロのモデルのようなポーズをとる。見ていてこちらが恥ずかしい。言葉を発しなくてもこんな違いで出身国がすぐ分かる。

それはさておき、この公園の設計思想のベースが、資材のリサイクルにあったということがわかっただけでもガウディの理解を少し深めたような気がした。


現代のモダンタイムス

2016-12-12 03:04:37 | 


伊坂幸太郎「モダンタイムス」講談社 2008年刊

この書名からすぐに思い浮かべるのは、チャップリンの映画ではなかろうか。大きな歯車の間に挟まってぐるぐる回るチャプリンの姿は、当時の資本主義経済と人間の関係を象徴的に表していた。

資本主義の勃興期、産業資本が全盛のころ、鋭くその暴力性を予見し映像化した力は大したものである。今は産業資本に変わって力のあるものは何か。金融でもなく、武力でもなく、ネットの力、或いは情報の力である。

検索ワードから逆に個人を絞り出し、排除するというCIAさながらの発想でこの物語は進展する。既にスノーデン氏は警告している。フェイスブックやグーグルには近づかないほうが個人情報は守れる。この本で取り上げられているの、ある種の検索ワードが重なると自動的に謎の組織が動き出し、検索者を攻撃する。その謎を調べるにはかなりハードルの高い作業を繰り返さねばならない。

確かにこのようなシステムは国家レベルで(例えば公安が)持ちそうな予感がする。テロの防止策と云いながら、ほとんどすべての市民のプライバシーを監視するようになる。

この本は物語性を示すため、わざと煩雑な手続きを踏んだり、登場人物に彩をつけたりしているが、冷静に考えると「ゾッと」することを語っている

サラゴサの街

2016-12-11 02:25:45 | 行ってきました
   シーザーの壁
   橋の向こうにピラール聖母教会
   ライオンはこの街の守護神
   小さな遊園地が整備されている

サラゴサはバルセロナ-マドリードの中間点にあって、落ち着いた中都市である。川の畔に大きな教会や万博のパビリオンなどが立ち並び川沿いの小公園の近くでは、雨だと言うのにジョギングに精を出す人がいる。バルセロナ万博というのだが本当はサラゴサ万博だったのだろうか。沢山のパビリオンが今も残っている。
世界遺産のムデハル様式の宮殿からそんなに遠くないところに、近代的なデザイン性に飛んだカラフルな建物がるのが面白い。

   万博パビリオンが沢山残っている
   オベリスク
   お城(アルファフェリア宮殿=世界遺産)

少し時間があったのでバス運転手が気を利かせ市内を巡回してくれた。再びピラール広場横に停車しラ・セオんへ入場。途中広場でゴヤの像や市庁舎前の彫像を見る。

   ラ・セオの尖塔
   市庁舎前の彫像(まるで仁王様のようだ)
   ゴヤの像(向こう側)
   ピラール聖母教会
   ラ・セオ(世界遺産)

市庁舎内部では水彩画の展覧会をやっていて絵を展示してある仮壁面の上からバロック様式の天井や、王族の紋章が見え興味深い。



こちらのクリスマスはヨーロッパ一般と少し違っている。サンタ・クロースはst・ニコラウスで、南の国から黒人の従者を伴い船でやって来る。「本年一年良いことをしたか、悪いことをしたか」と尋ね、悪い人は鞭打ち、良い人には年明け1月半ばにプレゼントを授ける。このあたりがなんとなくイスラムの影響を感じさせる。24日にはキリスト誕生の祝に、生誕したと言われる厩を飾り付ける。ツリーはもともとなかったらしい。

  厩の飾り付け

広場の片隅に立つピラール聖母教会は、マリアが教会を立てる柱を持って現れたといういわれから出来た教会で、祭壇向かって左側二柱のレプリカが飾られ、後ろに回るとその柱に接している大理石に触れることができる。願いを持ってさわると叶うと言われ信者が列を作って触っていた。私も子供の健康を祈りつつ触ってきた。

   聖母教会とその屋根部分(アラビア風モザイクとよくマッチしている)

広場の縁では音楽に合わせてダンスを踊るグループがあり、人だかりがあった。ガイドのマリアーノさんとはここでお別れ。スペイン人としてはかなり真面目な方のガイドさんだった。アディオス!




サラゴサ・レストラン

2016-12-10 04:00:50 | 行ってきました
夜のピラール広場

アルバラシンからの帰途、日はとっぷりと暮れ、サラゴサに入って夜の街を夕食場所へと向かった。中心部ピラール広場というところに向かうらしい。教会のすぐ隣の中々瀟洒なレストランである。ここは流石にワインは付いておらず、めいめい好きな飲み物を注文。我々は迷うこと無くカヴァを頼む。同じテーブルの人6人も同調しとりあえず2本注文。その他の人はサングリアを注文。

まずたっぷりとした豆スープ。これだけで満腹。続いて鶏もものグリル。これは半分ほどで降参。カヴァを味わう。ここら辺りは、前菜、メイン、デザートの3品構成が普通らしい。ただ量はいずれもたっぷりある。夜の街を散策しながら帰ろうかと思ったが、添乗員が止めるので、やむなくバスで帰還。
ホテル近くのスーパーでワインと生ハムビールを購入し。部屋でビールを飲むがすぐにパタンキュウ。

   右端がレストラン入口
   カヴァ
   大量の豆スープ(メインの鳥のグリルは撮影忘れ)
   デザートテラミス風チョコレートとホイップクリーム

味はなかなかいいのだが、量が多い。これでは中年以降肥満化するのはむべなるかなである。美味しいものを食べるのは幸せの別の表現だからなあ。

   ピラール広場を帰る
   車窓からの街
   町中に残る小鯛凱旋門?


城塞の街

2016-12-09 00:05:08 | 行ってきました
   城砦の街に到着

テルエルで昼食をいただき、バスで一時間強移動してアルバラシンに到着。上に城壁みたいな物が見えるがとにかくガイドの後に従って登ってみる。石畳と両側から迫る狭い道はトレド等と同様の城塞都市の雰囲気だ。

時折視野が開け、見える赤茶けた壁に囲まれた街並みは、いかにも中世の村を彷彿とさせる。くねくねと曲がる小径を息を切らしながら登る。

   ドアに付けられた金具で職業が分かる

ガイドのマリアーノさんは仲々の物知りである。使う英語もわかりやすい。私でも半分くらい分かる。

   くねくねと道は登ってゆく
  家々の壁も中世を思わせる
   城外は紅葉に染まる
   この階段を登れば広場に到着
   広場からの展望
  教会の壁
  展望広場から城砦を見る
  展望広場から城外を眺める

中心部のマヨール広場に移って、50分ほど自由時間となる。我々は山の上に立つ城砦まで行ってみることにした。往復40分ほどかかるそうだ。先程登った狭い道を再び辿る。空はキリッと晴れ、風が少し出て来る。3路を過ぎ陽が傾き始める。空は澄み渡り、歴史的な建物がそこここに見渡せる。写真を取りながらゆっくり登る。いつの間にか列の最後尾に近くなった。それでも頂上の城砦近くになった。見上げると強い風の中、先に登って行った人達が、手すりのない壁の上をバランスを取りながら歩いている。

我々はここまでと決め、撤退することとした。下る途中少し道を間違えたが、5分ほどロスをしただけでほぼ時間通りにマヨール広場に到着。ガイドとトイレを借りに入った、バルで地元のサッカーチームのポスターを見かけた。こんな田舎にもサッカー熱は浸透しているのだなあ。



  帰りのバスは夕陽の中を走る

ガイドから聞いた話。地名のアルバラシンのアルと言うのは、英語のTheに当たるそうだ。アルコール、アルカリ、アルカイダなどアルの付いた接頭語は多い。学問特に科学に優れたアラビア文化が彷彿とされる。

スペイングルメ

2016-12-08 07:01:00 | グルメ
   昼食のレストラン
   サラダ
   ナスのひき肉まぶし

テルエルでの昼食は旧市街広場から歩いて5分のレストラン。感じの良いサービスの雰囲気の良い店だ。ここも昼食なのにグラスワインが付いていた。しかも旨い。さすがスペインである。

前菜はごく普通の野菜サラダ。続いて大量のひき肉が盛られたナス、これで十分お腹は膨れデザートを待った。ところがである。このあとになんとメインのポークのグリルが出てくる、しかもかなりの量だ。殆どの人が半ばギブアップをしていた。私も半切れは食べたが、かなり美味しかった。だがやはりギブアップ。

デザートのテラミスは半分ほど頂いた。同年齢の中ではかなりの健啖家だと言われることの多い私だが、流石にこれは
こたえた。田舎と言っては失礼だが、こんなところでも味も量も素晴らしいお店があるのが嬉しい。

テルエルは生ハムでも有名だそうだ。街角に生ハム専門店があった。うまそうな生ハムがずらりと並び、日本の半額程度の値段だった。ここでバルに立ち寄って一杯やってみたいものだ。

サラゴサのホテルの朝食のバッフェには生ハムがふんだんに出る。日本で食べるように、もったいぶってはいないが、大皿に山盛りで「どうだ」と言わんばかりに出る。少し固めではあるが差し支えはない。

   生ハム専門店

中世の都市 テルエル

2016-12-07 05:01:53 | 行ってきました
   旧市街の中心の広場
   中心的な建物
   広場の中央

今回のスペイン訪問の目的はサラゴサからさらに奥のアラゴン州テルエルへ。旧市街近くでバスを降りとりあえず広場へと向かう。こじんまりとした街にところどころに緑の装飾が施されて塔がそびえる。

レコンキスタ(8世紀~16世紀のキリスト教国によるイベリア半島の再征服運動)の影響を色濃く受けて、カテドラルや塔はイスラム様式とのタイル・モザイクなどで飾られ、サンタマリア大聖堂の天井は木製の彫刻で飾られていた。
このイスラム教とキリスト教の折衷様式をムデハル様式というのだそうだ。なんとなく排他的な色彩を感じる2つの宗教徒が共存していた時代があったのは興味深い。

彫刻には動物や龍などの他に、寄付をたくさんしてくれたお金持ちの像などがあり、正面祭壇の中央にある眼をかたどった穴とともにこの地方の特色を表している。

   サンタマリア大聖堂の塔とドーム
   ・サン・ペドロ教会?
   カテドラルの塔とドーム(世界遺産)


   天井の彫刻
 中央祭壇の眼 ここから神様が何時も我々を見ていると言われる。柱上部にはメスキータなどと同じ色合いの文様が施されていた。

地下の墓所を覗き、スペイン版「ロミオとジュリエット」と言われる、イザベルとディエゴの悲劇の主人公が祀られている人形などを拝見して教会を辞する。

前の広場にでてみると何やら人だかりがしている。この街の雰囲気にピッタリの中世の扮装をした人が群れている。燕尾服に黒マント、山高帽にステッキ、ロングドレスや修道尼と様々だ。数にして6~70人程もいる。リーダーらしき人が何やら注意事項を伝え、中心広場に移動。

広場には舞台が設けられ、TVカメラや、司会も声を張り上げ、楽団も控えている。扮装をした人びとはペアーで行列を作り順次舞台に上がってインタビューを受ける。見物の市民からヤンヤの歓声。一通りインタビューが終わるとダンスタイム。楽団の出番だ。

広場の隅にはクラシックカーも3台ほど置かれていた。この街のお祭りらしい。人混みの隅で見物していたら、女性の係員みたいな人が来て「どこの国からきたのか」「宿泊地はどこか」「これからどこへ回るのか」「ガイドはどこにいるのか」などと聞いてきた。市の観光課の人か、未だこの町には東洋人は珍しいらしい。

こんなおまつりに遭遇できたのはラッキーだった。まさか計画的にスケジュールを組んだのではあるまい。

   中世の扮装をした人達と記念撮影
   エル・サルバドールの塔
  旧市街から眺める外部街並み
  広場でのお祭り
  クラシックカーも乗り込んできた
  日を浴びるカテドラル・ドーム

こじんまりした街らしいが、ムデハル様式と云い、お祭りと云い、昼食といい、豪華ではなかったがそれなりに楽しいものであった。