遅いことは猫でもやる

まずは昔メールした内容をひっぱってきて練習...
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墓銘碑

2015-02-27 11:45:26 | 


後藤健二「もしも学校に行けたら」汐文社 2009年刊
イラクでISISに殺されたジャーナリストの本。東京に行った折,本屋の店頭で見つけた。
この問題について何もできない自分が歯がゆい。せめてささやかな追悼の気持ちを表すべく、内容も確かめずに購入した。

読んでみてセンセーショナルではないが、静かな感動に包まれた。
アフガンへの取材について、相当危険な状況でありながら入国審査から淡々とした記述が続き、最前線の取材が語られる。
確かに悲惨な状況のレポートより、そこで生活している人が如何に一生懸命生きているか、前向きに生きようとしているか、の報告に力が注がれているように伝わってくる。

こんな悲惨な状況にありながらも人間は素晴らしいという信頼感が感ぜられる。ここで語られているのは一家の大黒柱である兄を爆撃で失った少女が、貧しさの中でそれでも勉強がしたくて、開設された学校に行く。ところがふとした誤解で学校から排除される、その復帰に後藤さんが力を貸す。というささやかなエピソードであるが、感動的である。事実を丹念に取材してきた習慣がこの場面でも生かされ、担当の教頭、校長も、日本の事なかれ主義の教委と違い率直である。(ひょっとしたら、復帰に至るまでの経緯に後藤さんの省略された努力ががあるのかもしれないが)

執筆時には、自分自身の先月の惨状は想像もしていなかっただろう。
暖かい、穏やかな人柄を感じさせ、惜しい人を失ったという思いがふつふつとしてくる。問答無用で殺害を行ったISISへの怒りを感じる。

馳走

2015-02-26 16:29:44 | 雑感
 店構えもスマートだ
 まずは刺身の盛り合わせ

ご馳走といえば、迎えるほうが走り回って食材を調達するというふうに聞いているのだが、今回は少し違った。

以前TV放映があった「うおすみ」というお店。「魚澄」とも書くらしい。渥美半島の先端にあるところで、そこのランチは予約がないとありつけないという話だった。予約できたとの事だったので、ようやく春めいてきた気候に誘われちょっくら美味しい昼飯を頂きに、と出かけてみた。
 其処此処に菜の花畑
 恋路ヶ浜の風も春を運んでくる
 石門近く

我が家から100km位走ってようやく辿り着いた。所要時間2時間半。温室や、菜の花畑が一面黄色く広がっている中を抜けて到着。小奇麗な構えの小料理屋さんだ。着いたのがウイークデイの1時すぎで、さすがにお客は我々のみであった。気持ちのよい女将さんが出てきて、2階に上がる。きちんと掃除が行き届き、廊下、階段が磨き上げられている

 煮魚と焼き物
メニューはおまかせランチ。お刺身、焼き魚、煮魚、ご飯、味噌汁、お漬物、デザート、とひととおり揃っている。地産地消で地元の食材にこだわっている。お刺身はホウボウの姿造り、マグロ、クロダイ、石鯛、サヨリ、ヒラメ、平貝、みる貝、コウイカ、ヒラメの10種類。あんまり美味そうなので昼間から1本つけてもらった。程なくオオアサリの焼き物、メバルの煮魚が運ばれ、いずれも新鮮なのが何よりで堪能した。1合強のお銚子で気分良くなり(昼間酒はよく効く)、ほろ酔いでご飯とアサリのお味噌汁を頂く。デザートは豆乳のプリン。

すっかり堪能して帰るのが惜しいくらいだ。日出の石門、恋路ヶ浜で潮風に当たり、気持よく帰途についた。田原の辺りはトヨタの協力工場が林立し、産業県を実感。道路も整備され、メロンと電照菊、キャベツの渥美半島からの脱皮が着々と進んでいた。気持ち良い春のドライブ、片道100km走って昼飯を食べに行ったかいがありました。これも馳走というのだろうか。
 帰途の椰子並木

猛吹雪

2015-02-16 17:39:57 | 行ってきました
 大混乱の新千歳空港カウンター
 ロビーは人で一杯だ

先週雪まつりを見にサッポロに行ってきたのだが、吹雪で欠便が出て、一寸混乱した。

空港ターミナル駅4つくらい前の北広島駅辺りでパラパラ窓の外で音がして、見るとかなりの量の霰(あられ)が降っていた。ターミナル駅では雪に変わっていたものの、量はかなりだ。案内板には「手続き中断中」という表示があるだけで他に案内はない。出発予定時間を過ぎた辺りで欠航の案内が出た。滑走路閉鎖で着陸不能で機体の確保ができないとのこと。

そこから振替便の手配の長い行列にならぶことになった。千歳空港発着のほとんどの便が、欠航または遅延となり場内は大混乱。500人以上の人々が、行列を作り、少しでも早い便に振替を手配しようと並ぶ。
午前便はほとんど遅延か欠航。振替手続きの列に2時間並びキャンセル待ち2便と最終便への予約ができた。但しキャンセル待ちは受付アナウンスが有った時その場にいないと権利放棄になると言われ、窓口付近で待機となる。

行列の前後にはいろいろな事情の人が並んでいた。秋田田沢湖へ旅行予定の若夫婦、翌日東京で仕事を済ませねばならないビジネスマン2人、明日大阪で結婚式を上げる家族連れなどがそれぞれ関連先に事情と遅れることの断りを入れている。行列は遅々として進まないのでその間に情報交換や各々の事情説明などが飛び交う。交通が遮断されると影響は非常に大きいことを実感。

搭乗予定11時が、2期目のキャンセル待ちで乗れ、それでも午後7時近くになってやっと離陸。名古屋についた時はホテルを出て11時間半掛かっていた。ぐったり。交通、物流の大事さを実感した一日であった。

心理と合戦描写

2015-02-11 00:51:29 | 


和田竜「村上海賊の娘」新潮社刊 上下 2014年本屋大賞受賞作

のぼうの城の作者和田竜の作品。娘というにはあまりにも偉丈夫、剽悍に生まれ育った村上海賊の娘の物語。木津川河口の合戦をクライマックスとする海賊同士の戦いをダイナミックに描いた作品。

正月前の休みに、息子が「これ面白いよ」とおいて行った本。私は友人から借りている本が沢山手元にあり、読む本に不自由はしていないのだが、若い人(といってももう四十だが)の関心と興味を味わうのも悪くはないと思い読んでみた。

確かに面白い。それぞれの人物描写が、いわゆる「キャラが立っている」状態である。大きな背景として戦国時代の信長と一向宗の戦いがあり、本願寺への兵糧搬入を巡っての毛利一族の内部の生き残りを賭けた駆け引き、一方南部雑賀衆、海賊眞鍋一族の思惑など双方に一筋縄ではいかない事情と思惑を抱えて時代が進む。

義と情と利、それぞれが絡みあう。戦国時代の常識として、諸将は当然利に重点を置いた行動に走るのだが、突然娘は理と情に目覚める。そしてその行動はやがてうねりとなって諸将を巻き込む。時として敵方をも同じ行動に駆り立てる。その辺りの心理描写は見事である。

同時に海戦の描写も面白い。当時の海戦はかくやと思われるように描かれている。小競り合いと大きな帰趨を決める戦いが手に取るように描かれている。のぼうの城も面白かったがこの作者は合戦描写が巧みである。

史実を踏まえながらも、物語として面白い。後年関が原の戦で見せた小早川隆景の行動も、かくありなんと思うばかりの心理描写である。上下2冊の太巻であるが後半は手に汗握る展開で厭きさせない。本屋大賞むべなるかなである。

職人技が冴える

2015-02-10 07:38:05 | 


和田はつ子「料理人季蔵捕物控」シリーズ。
この本は、高田郁の「みおつくし料理帖」シリーズに若干似ているが、こちらは捕物仕立て、向こうは修行、人情ものとの違いがある。いずれも畏友が貸してくれたものだが、どちらかと言えば生真面目とも言うべき人がこんな分野の本に着目するのが意外である。

それはさておき、主人公の季蔵は武士上がりの料理人、許嫁が主君筋の悪たれ息子の策略の餌食にされ、しかもいざこざの修羅場にいたせいで、ショックに見まわれ虚脱状態に陥りっぱなしになってしまった。

そんな中で季蔵は拾ってくれた料理屋の主人の後を継ぐ(この主人が裏の稼業として奉行の陰の働き人を務めている)事になった。主人公は様々な季節感をもった料理の創造、工夫をしながら、一方、事件の難問の解決に活躍する。この難問解決は大抵が、犯人、被害者周囲の聞き込みから、事情通や目撃者が現れ、真相が暴露されるというパターンが、少々安直だが、料理の発想、完成までの手順がなかなか凝っている。

みおつくしはいかにも女性作者の感がするが、こちらは料理の工夫を除けば男性と言っても十分通る。8巻ほど読んで少々パターン化が見えて来たがこれはこれで肩の凝らない読み物として楽しめる。

四六伍六は、、、。

2015-02-09 16:05:37 | 雑感
 ロープウエイ乗り場
 場内の掲示

ガマの油売りの口上、四六の蝦蟇の故郷、筑波山に行ってきた。
霞ヶ浦の近くの筑波山は788m(女体山)の低山だが、周りは一面の平野で遮るもののない独立峰で見晴らしは非常によく、見通しが良ければ富士山も望める。

この山は百名山にも数えられるが、その中では最も低い山でもある。先日の高尾山に続く関東地区の有名山に登ってきた。というより歩いてきた。
 乗り口
 徒歩登山口には蝦蟇の像が
 ロープウエイで楽ちん楽ちん

都心から電車を50分、バスでそこから40分を乗継ぎ、学園都市を横切り麓に到着。筑波山神社で降りケーブルカーに乗ろうとしたが、生憎工事中で運航停止だった。さらばとロープウエイへ回り、最高峰女体山の直下にたどり着く。
 稜線へ出ると急に雪が
 頂上標示
 頂上
 頂上からの展望

参道を5分ほど上がり尾根道に出るとそこは雪がびっしり付いている登山道。更に5分ほどで山頂に。展望は良い。足元の雪に注意しながら鞍部に戻り、男体山への道へと向かう。さすが都会の山だけあって人が多い。アイゼン、ストックなどきちんとした装備に身を固めた人とスカート、スニーカーで来る人と落差が激しい。ガスコンロでコーヒーや、ラーメンを沸かしている人なども山行を楽しんでいた。雪が意外に多く家人はツルツルに滑る雪道に難渋し、いち早く参道を下ったが、一緒に来た息子と孫も足元がおぼつかない。永井兵助が蝦蟇の油売りの口上を考えたと言われるガマ岩まで歩いたが、ここまでで勇気ある撤退となった。目の前は男体山のとんがり帽子のような山である。こちらは781mと女体山より7m低い。古より女性上位は倣いだったのだろうか。
 男体山

雪道を30分ほど歩いただけの、散歩だったが運動不足の我が身には気持ちが良かった。ロープウエイを見ながら、乗車口のレストランで熱燗をいただきつつ、孫の食欲を愛でて締めくくりとした。

 ガマ岩
 ロープウエイ


ガマの油売り口上の一部
(前略) さて、いよいよ 手前 ここに取り出(いだ)しましたるが、それその陣中膏はガマの油だ。だが お立ち会い。蝦蟇蝦蟇と一口に云ってもそこにも居るここにもいるという蝦蟇とは、ちとこれ蝦蟇が違う。

 ハハア、蝦蟇かい。なんだ蝦蟇なんか俺んちの縁の下や流し下(もと)にもぞろぞろいる。裏の竹藪にだって蝦蟇ならいくらでもいるなんていう顔している方がおりますけれども、あれは 蝦蟇とは云わない。ただのヒキガエル、いぼガエル、お玉蛙か、雨蛙、青ガエル、 何の薬石・効能はござりませぬけれども、手前のは、これ四六の蝦蟇だ。四六の蝦蟇だ。(以下略)