遅いことは猫でもやる

まずは昔メールした内容をひっぱってきて練習...
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ワーキング・プアー

2006-07-28 18:43:50 | 雑感
先週の日曜日の夜NHKで放送された
「ワーキング・プアー」は
考えさせられる内容でした。

勤労意欲もあり、一生懸命働くのだが、収入が平均よりはるかに低い人を、
「ワーキング・プア(Working poor)」というのだそうです。


描かれていたのは、35歳の男性。
東京に出てきて、警備の仕事や清掃の仕事をしていたのだが、
いずれも月収10万くらいで、短期の契約労働。
その仕事もなくなり、就職活動をしているのだが
肝心の面接に行く電車賃がない有様。
ホームレスと一緒の生活をしている。

また、50歳の男性は、中学の子供2人を抱えて3年前にリストラに。
現在は3箇所のガソリンスタンドでバイト生活。合計20万円の収入。

東北の商店街の洋服仕立て職人さんは
5ヶ月の仕事収入が2~3万、後は年金頼り。
だが妻が病気で医療費にほとんど費やされる。

もう一組の農業をしている家族は4世代10人で暮らしているが、
農業の赤字を出稼ぎで補っている。6人働いていて、
トータル530万くらいの収入。


これらの実態を見ていると、政治の問題、地域経済の問題など
原因はいろいろあろうと思います。
しかし、それらを非難するだけでは解決しない。
決して怠惰ではないこの人たちを、どうすれば救えるのか。
とても難しい問題です。


ただ、私たちの問題、クイックスの仕事に置き換えてみると、
次のようにいえないか。


お客様のいうとおりに一生懸命やっているだけではだめ。
お客様にとって、なくてはならぬ関係を作ることが必要。
うちでしか出来ないサービス、心遣い、技術、などなど、
お客様に代わって行うくらいの姿勢で仕事をせねばならないのだと思う。



CSが我々を救う。

我々が、ワーキング・プアにならないためには、
これしかないと思う。

体験談

2006-07-28 12:32:03 | ミササガ市(カナダ)訪問
7/4~7/12の刈谷市ミササガ市民派遣を終えて、
最も印象に残ったのは、受け入れていただいた、
ミササガ市、ミササガ市国際友好協会、ホストファミリー、
他関係者の皆さんの本当に心のこもった歓待でした。

ホストファミリーとの対面式から始まった
6日間にわたる公式行事のプログラムも良く考えられていて、
市民との交流、カナダ、ミササガ市の認識を深める見学、
記念セレモニーなどメリハリが利いていました。
そしてほとんどの行事に、ホストファミリーが同行してくれ、
何くれとなく面倒を見ていただき、また他の参加者を紹介してくれるなど、
細やかな心遣いに感激しました。

本来こうしたホスピタリテイは、
日本人、特に三河の人間の特性かと思っていたのですが、
隅々まで行き届いた配慮に感動しました。

あまりに行き届いていたので、ある団員などは
 「ちょっとやりすぎではないか。
 こんなに歓待されると、今度刈谷に来たときに困ってしまう。」
などと冗談を言っていた程でした。


たとえば、夕食会、ランチレセプション、パーテイの席では、
いろいろな人から、さまざまなプレゼントを次々と頂きます。

カナダ国旗であったり、メダルであったり、飴玉であったり、クッキーであったり。

高価なものではないのですが、ニコニコ笑って話しかけてきて、
「どうぞ」と差し出すのです。

物をあげるのが目的ではなく、会話のきっかけつくりだと思うのですが、
みんな楽しもう、ジョークを言い合おうという精神にあふれ、
実に楽しい思いをします。

われわれが今度刈谷に彼らを迎えたときには、
物質的な豊かさより、こうした楽しさを心がけたほうがいいと強く感じました。


お別れパーテイで、

 「一方的に歓迎されるだけの関係は長続きしない。
 三河には『行ったり、かやーたり』という言葉がる。
 だからぜひ近いうちに日本に来てくれ。皆さんを歓迎する」

と申し上げてきました。


・・・・・


出発前に心配したメンバーとホストファミリーとの相性、
メンバー間の意志の疎通(団員の団結)もなんら心配なく、
和気藹々で行事をこなすことが出来ました。

出発前、刈谷でよさこい踊りをはじめ、
みんなで練習をしたことがとても良かったと思います。

また、随行をしてくれた、国際交流協会職員、市生活安全課の職員が、
いろいろな手配を文字通り走り回ってしてくれ、
大きなトラブルを未然に防いでくれたことも、陰の力として見逃せません。

若い人はさすがに適応力があり、すぐにホストファミリーと親しくなりましたし、
年配の方も落ち着いた対応で大変スムーズでした。

お琴の運搬や三味線の機内持込ですこし障害があったり、
若い人の健康に若干気遣い(寒気がする程度)が要りましたが、
終わってみればそれも楽しい思い出です。


私自身のホストファミリーもずいぶん気を配ってくれました。
朝起きるとすぐ、昨日は眠れたか、飲み物は要らぬか、腹は減っていないか、
シャワーはどうか、暑い日になりそうだからプールで泳ぐか、
今日はワールドカップの試合があるぞ、、、
などと矢継ぎ早に話をしてくれます。

こちらは英語が話せませんので、イエス、ノー、サンキュウーくらいで
何でもすませてしまいます。

夜中にパソコンで仕事をしていたら、
黙ってミネラルウォーターを運んできてくれました。
午前0時30分くらいのことです。ご夫婦とも温かい人でした。


そうそう。
ミササガ市役所の近くのホテルへメールをつなげに行ったとき、
刈谷の議長、市長、国際交流協会会長と一緒になり、
朝食をとりながら話が出来たことも楽しい思い出になりました。

議長には「俺はもう帰るから、これをみんなでどうぞ」といわれて、
日本の酢昆布とグリーンティをいただき、帰りのバスの中でみんなで食べました。

ご馳走様でした。


・・・・・


総じて刈谷市民とミササガ市民との親善交流は、
公演(パフォーマンス)、パーテイー、ホストファミリーとの交流
を通じて出来たのではないかと思います。

ただひとつ残念だったのは、立派な野外ステージでも公演をしたのですが、
そのときだけ観客が少なかったことです。

新聞広告、CATVなどで告知をしたとのことですが、
内容がミササガ市民に十分伝わっていなかったのでは、と悔やまれます。

私たちがあらかじめ知っていたのなら
 「日本独特の音楽が楽しめます!
 エキゾチックな音色、ファンタスティックなコスチューム、
 リズミカルなダンス、ちょっとコミカルなマジックが、
 はるばる日本・刈谷から皆さんに会いにきました!」
とでもPRしてもらったのですが。



私は「旅はどこへ行くか、より、誰と行くかで楽しさが決まる」
と信じています。今回は観光旅行ではありませんでしたが、
それにしても、メンバーが良かったのと、
市当局、刈谷市国際交流協会、家族の皆さん、
そのほか旅行社はじめ関係者の方々のおかげで、
大変楽しく、有意義な旅になりました。



本当にありがとうございました。
心よりお礼申し上げます。


(ご紹介)お礼のメール

2006-07-18 15:54:52 | ミササガ市(カナダ)訪問
「ミササガ市」-「刈谷市」 姉妹都市 提携25周年 親善使節団派遣
を受け入れて頂いたお礼のメールをお送りしました。
(*ミササガ市=カナダ・オンタリオ州にある人口70万の都市)


・・・・・

ミササガ国際友好協会、ホストファミリー、その他関係の方々、
ありがとうございました。

私たちはミササガに滞在した6日間に、
皆様からいただいた好意とお世話に対し、
大変喜んでいますし、感動を覚えています。
生涯いつまでもすばらしい思い出として残るでしょう。

組んでいただいたスケジュール、プログラムもまさに親善・友好を深めるもので、
私たちは十分楽しむことができました。
もし世界中でこのような交流が行われたならば、
世界はきっと平和を保つことができるだろう、と思うほどです。

しかしこのように、一方的に厚意をいただくだけの関係は、
長続きしないことを私はビジネスマンとして知っていますし、
派遣団のメンバーもそれは良いマナーとは考えておりません。

この6日間の体験を生かすのは、私たちが皆様からいただいた、
素敵な笑顔、親切な行為、陽気な行動、心配りを、
他の人たちに示すことだと思っています。
そしてもっともそれを生かすことができるのは、
皆様が今度は刈谷においでになった時、
そのお返しをすることだろうと思います。

私たちの故郷の古い言葉に「いったり、かやーたり」(行ったり、返したり)
と言う言葉があります。絆を深めるには交流し、受けた恩義はお返しをする
という意味でしょう。
私たちはいまでもこの言葉を信じています。

皆様どうか近いうちに、刈谷へおいでください。
ミササガ・カナダも良いところですが、刈谷・日本も良いところです。
自然は美しく、人情も厚いところです。
今回お世話になった皆で歓迎いたします。そしてこれがまた、
ミササガ市と刈谷市の一層の親善交流になるとおもいます。

お陰さまで、私たちは自分たちの家族、知人、刈谷市国際交流協会の方々へ、
すばらしい思い出を持って帰ることができました。
本当にありがとうございました。
刈谷でまた会える日を楽しみにしております。



団長 岡本 戡紘

プレゼント責め

2006-07-18 15:46:07 | ミササガ市(カナダ)訪問
カナダへの親善交流派遣団から帰って、明日で丁度一週間。
やっと時差ぼけが解消してきました。

カナダで連日の歓迎行事、ホストファミリーの親切をうけ、
こんな交流を続ければ世界平和も達成できるのではないか、
と思うほどでした。(別項参照


向こうで感じたことは、やたらプレゼントをされたことです。

  • ミササガ市
  • 交流協会
  • ホストファミリー(今回は滞在はホテルではなくホームステイでした)
  • ライオンズクラブ
  • JUSTUSクラブ
  • その他歓迎行事参加メンバー


から、

  • 国旗
  • 帽子
  • バッジ
  • クッキー
  • 飴玉
  • 写真
  • 絵葉書
  • Tシャツ
  • はては市長のフィギュアー(80歳を超えるすごい市長さん(女性)なんですが)


などなど、高価なものではありませんが、
そのたびに挨拶を交わし、会話もはずみます。
そのきっかけつくりの道具といっても良いでしょう。

コミュニケーションを業とする私には、とても参考になる体験でした。


そして、いつも笑顔とジョークで接し、心遣いを言葉に表してくれます。
「察する」「慮る」「惻隠の情」の日本文化とは対極にあります。



しらずしらず、私もテンションが上がりましたが、
宴の後は少し疲れを感じました。


ミササガ市 親善交流派遣団 6日目

2006-07-09 13:09:50 | ミササガ市(カナダ)訪問
今のところ、団長としての仕事は順調です。

成田で、琴の積み込みについて行き違いがあり、
三味線の機内持込についてもちょっとした交渉がありましたが、
後者はおばさんパワーでのりきりました。

対面式の挨拶は和やかなものとなりました。


なんとか今日、公式行事は終わりました。


ミササガ市 親善交流派遣団 4日目

2006-07-07 20:40:41 | ミササガ市(カナダ)訪問

(↑ミササガ市の市章)


無事着いて4日目。


私のホームステイ先のホストファミリーはとても親切です。
FRED(68歳)、KATHEY(?歳)の二人きりで住んでいます。
男の子と女の子の2人の子供は既に独立して家庭を持っているそうで、
息子家族はは女男女、娘家族は女女と、5人の孫があるそうです。

どちらの子供かわかりませんが、
女の子二人がサッカーのユニフォームを着ている写真がありました。

サッカーは準決勝2試合とも見れました。



私は英語はほとんど喋れませんが、
なんとかコミュニケーションは取れています。

言葉は通じないけれども、彼らはものすごく親切で、

 腹は減っていないか?
 飲み物はいるか?
 シャワーを浴びるか?
 サッカーはどうか?

など、いろいろ聞いてくれます。

毎日の行事が多く、ゆっくりはできませんが、
二人ともとても思いやりがあり、快適です。

カナダ ミササガ市 親善交流派遣団

2006-07-04 05:13:17 | ミササガ市(カナダ)訪問
今、名古屋から東京へ向かう新幹線の中です。

先日はドイツへの訪問団の団長を拝命し、
しっかりサッカーを満喫(いや、仕事がメインですが)しましたが、
今回は我が地元 刈谷市と姉妹都市のミササガ市への親善交流派遣団の団長を拝命。

時差ボケが直ってきたところでまた海外です。



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今朝の出発式でのひとコマ。

市長、交流協会会長と挨拶が終わったところで、
司会の常務理事が「ではこれで出発式を終わります」と宣言。

「お!団長としての挨拶はしなくてもよいのか。ラッキー!」
「でもせっかく、挨拶の用意はしてきたのに・・・」

と、少し複雑な気持ちになると、すぐ他の事務局員が訂正し、結局元通りに。

これで堅苦しいセレモニーの雰囲気がほぐれ、よい出発式になりました。


なお、キャッチ(地元ケーブルテレビ)が取材に来ていましたので、
キャッチニュースも見てください。
カメラ目線で喋れませんでしたが・・・


では行ってきます。



■ミササガ市(英語)
http://www.mississauga.ca/