遅いことは猫でもやる

まずは昔メールした内容をひっぱってきて練習...
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尖石縄文遺跡

2008-06-29 19:36:46 | 行ってきました
約4500年前の縄文時代、この八ヶ岳山麓の地域は、当時としては、かなり人々が
集合していた地域だそうです。(日本中で人口28万人。人口密度は世界一だとい
う説もある)縄文時代は世界はかなり暖かかったのですが弥生時代に寒くなり、
この当たりの人口が徐々に減ったとのことです。

この遺跡で注目されるのは、国宝となっている土偶=縄文のビーナス。ほぼ完全
な形で出土された、腰と足が強調された土偶ですが、なんとなくシャーマンのに
おいがする。それと、霧が峰で産出される黒曜石を交易の中心とした、各地方
(東北、関東、新潟など)の特色を残している土器である。

現代では、地中に残っている花粉の分析、で当時の植物の分布を推測したり、地
中のカルシュウムを分析して、埋葬人骨を推測したり、復元作業で黒曜石から石
鏃を実際に作っている。鹿の骨などを使って、30秒ほどで鏃を黒曜石の塊から割
り出すとのこと。

縄文時代は、ここでもそうだが、三内丸山でも、武器の出土がない。戦争の後が
ない。一家族が30本ほどの栗や樫の実で生きられるので、それらの木を育てた形
跡がある。平和な時代だったようだ。武器や戦いの痕が残っているのは弥生時代
になってからだ。などとボランティアの説明員が熱心に説明してくれた。

考古館のすぐ近くに竪穴式住居が復元されていた。こんなに立派だろうかという
ほどの手入れの良さである。土器を使った料理の説明を聞いたが、これも4500年
前にこんなに凝った料理をしたのだろうかという疑問はすこし残った。

展示品は素朴で点数も多いが、古代のロマンを感じる。何よりこの話好きなボラ
ンティアの話を聞くことをお勧めする。ただし、時間の余裕を見ないと気の毒で
ある。


入り口の表示



この遺跡発掘の中心人物 宮坂英弌氏像



展示室



展示室



当時の服を着て記念撮影



復元家屋


小学生?

2008-06-22 03:30:56 | 雑感
私の脳梗塞は、幸い障害となるような後遺症は何も残らなかったのだが、どうもゴルフにだけは後遺症が残っていそうである。

診断のきっかけになったのは、ゴルフの乱れからだが、そのときは107の大たたき。だが今年4月からボツボツやり始めたのだが、スコアがまだ戻らない。心なしか飛距離も落ちたようだ。

そう感じながら、ゴルフ場の風呂場から出てきたら、壁になにやら張ってある。

飛距離自慢の幼稚園
スコアにこだわる小学生
景色が見えて中学生
マナーに厳しい高校生
歴史が分かる大学生
群れ集う卒業式

この分類で行くと、さしずめ小学生あたりか。






噛合わせは身体を救う

2008-06-21 08:54:10 | 雑感
今回は役に立つ情報です。

私の脳梗塞退院後6ヶ月検診のMRI映像で、新しい梗塞の発生はないし、動脈の流れも良くなってきたと、総合病院の医師に診断されました。

その原因は、先輩の紹介で、ある歯医者さんのところへ行ったのですが、それが良かったのだと思います。そこで診察をうけ、簡単な器具(カムラック)を渡されそれを噛んだ結果、症状が改善したのです。(写真1)

先輩は何人も脳梗塞の人をこの歯医者に紹介したのですが、2度目の発症をした人でも、全員生存されているとのことでした。(脳梗塞は発症4回目間でにほとんど死亡)

私が朝食勉強会で、自分の体験を話をしたところ、紹介をしてくれという方がおられました。その方が受診された翌日、夜遅くに、興奮気味に電話をかけてこられました。

その方によれば、最近あった、半身の痺れ、肩こり、血圧などがいっぺんに改善し、視力まで回復し、昨日は良く眠れた、食欲も出てきた、車の運転もできるようになった。お孫さんとも楽しく遊べるようになった。といいことずくめの話です。

わずか一日でそんな劇的に変わるものかと思いましたが、私自身の体験でも、首がしこって回らなかったのが、このマウスピースみたいなものを5分噛んだだけで、すぐに楽に回るようになり、視野も広くなったことを思い出しました。

このお医者さんは、西*歯科の平*岩先生といわれる方です。日本噛合わせ学会の指導医の方です。説明が丁寧でわかりやすい。先生の説明によれば、噛合わせが狂ってくると、脊椎がねじれたり、曲がって、血管やいろいろな臓器を圧迫して諸病の原因となる。

正しい噛合わせにすると、血流が正常に戻り、回復する。今までの治療では、難病といわれたものまで治った例もあります。ある患者さんは13の科で診療を受けていたそうです。いろいろな症状に個々に対応するだけでなく、その原因となっている脊椎のねじれ、その元の噛合わせを直すと解決することが多い。といわれる。しかも難しい手術をするのでなく、私の場合はとりあえず、カムラックを噛むだけ。

今回お礼の報告のついでに、浮いてきた歯の診断も頼みましたらこれも親切に説明したうえ、丁寧に治療してくれました。(写真2)診察台の前にTVが備えてあるのですが、それを見る必要がないほど、いろいろ説明していただきました。

このお医者様は名医だと思います。

もし、半身の痺れなどや、あるいは長い間治療しても治らない病気がある場合、一度噛合わせに着目してみてはいかがでしょうか?






グレートジャーニー

2008-06-13 15:05:22 | 講演録


NHKなどで紹介されている、南米ー北米ーユーラシアーアフリカを、徒歩、犬ぞり、馬、駱駝、自転車、カヌーなどで踏破した、探検家・文化人類学者、関野吉晴氏の話を伺った。氏は人類発祥の地アフリカを目指し、南米大陸の最南端から遡って旅をされた(グレートジャーニー)。

朝食勉強会のゲスト講師である。

ざっと数えたらこれまで5000日は旅をしたと言う。その多くは南米。しかも通信手段のないところへ分け入るので、言葉も殆ど通じない。そんな時は真剣に日本語と手振りで、泊めてくれ、喰わしてくれ、何でも手伝います、と話しかけるのだそうだ。

実際は、手伝うといっても、狩などの足手まといになるので、子供と遊ぶ事くらいしか、やる事が無いらしい。
現地の人たちは、生活範囲のことは実に克明に知っている。自分達の河の細かい支流、どこに魚がいるか、どの水場に動物が水を飲みに来るのか、どの木の実が何時ごろつくのか、など詳しいが、生活範囲でない隣の河のことは殆ど知らない。地球が丸い、陸地より海が大きいなんて事も知らない。

「お前はどこから来たのだ」「多摩川の近くだ」「ここからどれくらいかかるのだ」「まあいろんなものを乗り継いでも、3.4日かかる」「それなら隣の河と同じくらいだ。家族を連れてここで一緒に住んだらどうだ」と言われた事もある。現地人に襲われた事はない。
一度だけピストル強盗に出会ったのは、チリの都市だった。

アフリカで生まれた人類が何故世界に広がったのか。人類が、衣服や住居を作って、北限を超えた。また、夢や希望や向上心、好奇心で移動するのではなく、弱い部族が強い部族に追い出されてやむなく移るのだろう。日本でも弥生→縄文→アイヌ・熊襲と強いものが、弱いものを押し出している。しかし弱い部族は、必死に悪い条件でも生き延びようとするので、結果的には弱いほうの文化・文明が発達することが多い

南米にヨーロッパ文明が入ってきたのは、鉄器と感染症の力である。家畜から乳を取る事のなかった、南米の人たちは、動物と距離をおいて生活しており、感染症の免疫ができていなかった。ヨーロッパから列強が進出してきて、死んだのは95%感染症である。

次は、日本人がどこから来たのか、を実証しようと、インドネシアからカヌーで海を渡る予定。砂鉄から鉄を取って道具を作って、丸木舟をこしらえ、竹で補強して、島伝い4~5ヶ月かけて北上する。来年の4月くらいにスタートする予定で、大学にも休学届けが受理された。

動力を使わず出来るだけ現地のもので旅をするといろんなものが見えてくる。シルクロードは比較的平坦だが、南米は起伏が激しい。家族と言うのは子育てのために生まれた組織体である。人類は、ゴリラやオランウータンと違い、父親も直接間接を問わず、子育てに参加するようになってきた。立つ→手が使える→道具を使うことなど出来るようになり、人類のみ、全地球に広がる。

人間は文明無しでも生き延びられるほど、しぶといが、自然(動物、植物)なしでは生きられない。この原則はしっかり認識すべきである。

とまあとつとつと語り、穏やかな、肩に力の入らない方であった。


高校の評議員

2008-06-11 17:24:05 | 雑感
市内の県立高校の評議員をしている。
年に2.3回の委員会があり、校長、教頭(二人いる)に学校の概要の報告を聞き、
意見を求められる。

今回は、ITを駆使した最新の語学学習の教室を見学した。
一人一台のパソコンで、動画に沿って、選択肢を選んでゆくソフトと、問いかけに対して、英語で答えてゆく、ソフトの実習を見た。個人の一覧表が教師のパソコン画面に表示され、どこで詰まっているかが手に取るように判る。

生徒に学習しようとする気持ちさえあれば、なかなか優れものだ。

しかし、英語で何を伝えようとするのか、何故コミュニケーションをするのか、と言う部分が、もっと重視されても良い。と意見を述べた。

昨日まで、オーストラリアに居たのだが、そこで出合った、修学旅行できていた高校生の団体は、どこで現地の人とふれあい、英語でコミュニケーションをとろうとしていたのか?
折角の旅行なので、日本文化、歴史を踏まえて、海外文化との違いを認識することが得がたい経験なのだと思うが、そんな場面にはついぞ、でくわさなかった。

この高校では、国際理解コースを新設するそうだが、郷土史や日本の物作りなどを、語学と同様、しっかり学んで欲しいものだ。





梅雨入り

2008-06-03 09:10:19 | 雑感
「うっとうしい」と感じる人も多いのではないか。

東海地方は昨日から入梅宣言。

天邪鬼なのか、私は2.3日の雨は心が休まり、落ち着くので、雨は好きだ。
雨だれの音を聞くと、心が落ち着く。
遊び心を静める声か。

稲作にも、水不足にも必要な雨です。

しばしこの梅雨空ともお別れです。




入笠山開山祭

2008-06-02 14:05:39 | 登山・ハイキング
6/1 前日までの雨がすっかり晴れた快晴の一日。仲間と八ヶ岳の向かい側にある
入笠山へ向かった。

マナスル山荘(屋根の上に望遠鏡のドームがある)と言う名前がすごく立派な、山荘前で村役場風の制服を
着た人が、丁寧だが、要領悪く話をしている。要するに、開山式典があるので、車は下の駐車場に止めてくれ、
ということらしい。

したの駐車場で、登山のおばさん3人を連れた、同じような制服を着た人が親切に「11時10分から式典が
あるから、是非参加してくれ。記念のピンバッジが配られるから」と案内してくれる。上り口に広がる
お花畑はまだ、早春の風情。すずらんはあと2週間ほど後に咲くという。

30分ほどで、1955mの入笠山頂上へ。360度の展望。南アルプス甲斐駒、鋸岳、仙丈ケ岳、
中央アルプス木曽駒、宝剣岳、空木岳、御岳、乗鞍岳、とくっきり空に映える。
北アルプス、八ヶ岳、富士山は、少し雲がかかって部分しか見えないが十分な展望である。

刻々と変わる雲の様子も楽しみながら、ゆっくりと涼風に吹かれた上で、下山。

駐車場で、神事と式典を11時10分という区切りの悪い時間からいよいよ開山祭が始まる。
鶯や鳥の鳴き声の中、祝詞が奏上される神事の後、甘酒で献杯。
地元警察署長代理の出席もあり、酒はマズイのだろう。聞くところによると、例年
行っていた式典後の宴会も今年はやらないみたいだ。飲酒運転撲滅が死亡事故減少に効果を上げている
現状を垣間見た。

型どおりの式典、観光協会長、地方事務所所長の祝辞、来賓紹介、祝電披露など、
爽やかで、陽光燦燦、涼風が吹き渡る大自然の中、30分近くかかり終了。
50~60人ほどの登山者にお目当てのピンバッジがやっと配られた。私もゲット!
















大阿原湿原

2008-06-02 10:30:33 | 行ってきました
入笠山への途中にある湿原。標高1850m。まだ早春、新芽が芽吹き始めたところであった。

「自然監視員」が「アツモリソウ」が咲いている、と入り口でおしえてくれたようだが、
湿原は鳥の声ばかりで、花らしいものはない。

陽光燦燦、きれいな水がいたるところに流れ、木道も整備されている。

帰り道は林の中の道。独特の香りがし、苔がきれいだった。