自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

☆生態系サービスのこと

2010年12月20日 | ⇒トピック往来
 19日の国際生物多様性年クロージングイベント「記念シンポジウム」(石川県立音楽堂)で、新鮮だったのは、スタンフォード大学(アメリカ)のグレッチェン・カーラ・デイリー(Gretchen C. Daily)教授=写真=の言葉だった。「中国政府はこれまでに1000億㌦を投じて生態補償を行っています。生態系サービスの供給を強化するとともに、貧困の軽減を目指しているのです。・・・日本にはすでに人と自然が調和するシステムを里山で実現していますね」。今回の記念シンポジウムでは、パネル討論の参加で、7、8分ほどのスピーチながら、それでも生物多様性の新たな可能性を切り開く示唆に満ちた語りだった。

 デイリー氏の業績は、われわれがよく言葉にする「自然の恵み」を経済に、政策的に組み込むことなのだ。「市場を使って自然を守る」と言ったほうがよいかもしれない。1997年の著書『生態系サービス(Nature's Services)』で生態系の恩恵を体系的に整理し、過小評価されてきた価値を明らかにした。これにより、生態系や生物多様性の保全の必要性がより鮮明になったのだ。

 生態系と生態系サービスの変化が人間生活に与える影響を評価するため、国連の呼び掛けで実施された「ミレニアム生態系評価」(2001-2005年)では、生態系サービスの概念構築と定量的評価に重要な役割を果たした。この結果、ミレニアム生態系評価では、水の供給や気候の調整など24項目の生態系サービスのうち半数以上で質が低下していると指摘されたのだ。2006年から国連大学高等研究所などが中心となって取り組んだ日本の里山・里海評価(JSSA)はその国内版でもある。

 デイリー氏は短いスピーチの中で、時間を惜しむように話を続けた。生態学と経済学を統合し、自然を保全することが利益をもたらす「自然資本プロジェクト」を立ち上げた。ハワイ・オアフ島でのプロジェクトでは、105平方㎞におよぶ地域を「インベスト(InVEST:Integrated Valuation of Ecosystem Services & Tradeoffs)」と呼ぶソフトウエアを用い、生態系サービスのマッピングと評価を行い、その科学的データをもとに政策を立案した。土壌改良による生産性の高い農地をつくることや、風力・ソーラー発電、環境教育といった事業が同時に進められた。そしてさらに巨費投じているのが、冒頭で紹介した中国プロジェクトである。

 生態系サービス、そして自然資本という概念を実践することで定着させた偉大な科学者といえるかもしれない。生態学と経済学を統合するという壮大なプランは実証の裏付けがされれば、「ノーベル賞級」とも評される。

⇒20日(月)朝・金沢の天気  くもり
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