好天気が、昨日、今日と続いている。秋らしいさわやかな空気である。こんな日は外で・・・と思うのだが、家でしなければならない仕事が残っている。
ところが、仕事に、すぐに取り掛かればいいものを、アレコレと寄り道をするので、なかなか、本題にかかれない。
助走といえば、そうだが、助走が長すぎれば、それだけで、くたびれてしまう。適当にしなければならない。このブログも、助走の一種なのだが、はまり込むと、具合が悪いことになる。
しかし、書かねばならないと思ったことは、書かざるを得ない。それは、大きくいえば、私の人生である。生きた証であり、生きる意味である。
選挙の日程が、アレコレ言い出されている。公明党のポスターが、町に溢れている。自民党と並べてはってある。自民党には、こんなポスターをはる活動家はいないだろう。恐らく、この動きは、行動の源泉は、公明党主導だろう。というより、創価学会だろう。政党のウラにいて、政党より創価学会がエライのだと、いいたいのか、竹入さんや、矢野さんや、かつての公明党最高幹部が、今イジメにあっている。
公明党のウラにいて、操縦している創価学会。かつて、国立戒壇を作るんだと、公言していたが、批判にあって、それは、表向き引っ込めた。
しかし、区役所のように地区ごとに立派な建物の、創価学会文化会館が、建てられている。準備はすすめているとみえる。
日曜日ごとに、多くの庶民が集まっている。活発な集会がされている。そこで、何が話されているのか。ポスターの話も出ているのかもしれない。ある日突然、自宅の玄関や、塀や、窓や、店舗、工場、事業所、ありとあらゆる所に、学科員と思われる人に関わりがあるところに一斉に張り出される。
憲法を変えて、戦争でもやるよ、という態勢に持っていこうとした、政党の自民党、それにくっつく公明党。恐ろしい光景である。
福田さんの功績は、その自民党の中にあって、安部さんの憲法を変えようとする方向を、とりあえず、沈静させたことだと思っている。
公明党のような、池田さんが、何とか言えば、みんな右へならえ、の政党。おそるべき存在。これは、なにがあろうと、いくら論理的に、おかしいことがあろうが、とにかく、オカマイナシで「あなたが言うなら、どこまでもついていきます。」集団だから、それが恐ろしいのである。
一人ひとりが、自分の頭で考え、情報を見極め、判断する構造になっていない。それが、恐ろしいのである。
雰囲気ができれば、流れにながされ、ドーットいくのである。こんな人びとは、人がよくて、騙されやすい、まず、本質的に謙虚であったりする。とりわけ池田さんに対しては、ほぼ絶対である。その他の人には、特に反対者に対しては、傲慢になる。もってはいけない種類の「自信」をもっている。
本質的には、人がよくて、謙虚で、人情家であるが、それは、方向が違うと、そのこと自体が、具合が悪いのである。
最初のスタートが違っているのである。自分に立ち返り、自分の本当の判断力を磨いて欲しいのである。悩み苦しみぬいて、安易な道ではなく、ほんとうに自分自身の判断力を磨いて欲しい。誰かのいうとおりにするというのは、まことに簡単で、これは自分の判断とは、いえないのである。
ところが、仕事に、すぐに取り掛かればいいものを、アレコレと寄り道をするので、なかなか、本題にかかれない。
助走といえば、そうだが、助走が長すぎれば、それだけで、くたびれてしまう。適当にしなければならない。このブログも、助走の一種なのだが、はまり込むと、具合が悪いことになる。
しかし、書かねばならないと思ったことは、書かざるを得ない。それは、大きくいえば、私の人生である。生きた証であり、生きる意味である。
選挙の日程が、アレコレ言い出されている。公明党のポスターが、町に溢れている。自民党と並べてはってある。自民党には、こんなポスターをはる活動家はいないだろう。恐らく、この動きは、行動の源泉は、公明党主導だろう。というより、創価学会だろう。政党のウラにいて、政党より創価学会がエライのだと、いいたいのか、竹入さんや、矢野さんや、かつての公明党最高幹部が、今イジメにあっている。
公明党のウラにいて、操縦している創価学会。かつて、国立戒壇を作るんだと、公言していたが、批判にあって、それは、表向き引っ込めた。
しかし、区役所のように地区ごとに立派な建物の、創価学会文化会館が、建てられている。準備はすすめているとみえる。
日曜日ごとに、多くの庶民が集まっている。活発な集会がされている。そこで、何が話されているのか。ポスターの話も出ているのかもしれない。ある日突然、自宅の玄関や、塀や、窓や、店舗、工場、事業所、ありとあらゆる所に、学科員と思われる人に関わりがあるところに一斉に張り出される。
憲法を変えて、戦争でもやるよ、という態勢に持っていこうとした、政党の自民党、それにくっつく公明党。恐ろしい光景である。
福田さんの功績は、その自民党の中にあって、安部さんの憲法を変えようとする方向を、とりあえず、沈静させたことだと思っている。
公明党のような、池田さんが、何とか言えば、みんな右へならえ、の政党。おそるべき存在。これは、なにがあろうと、いくら論理的に、おかしいことがあろうが、とにかく、オカマイナシで「あなたが言うなら、どこまでもついていきます。」集団だから、それが恐ろしいのである。
一人ひとりが、自分の頭で考え、情報を見極め、判断する構造になっていない。それが、恐ろしいのである。
雰囲気ができれば、流れにながされ、ドーットいくのである。こんな人びとは、人がよくて、騙されやすい、まず、本質的に謙虚であったりする。とりわけ池田さんに対しては、ほぼ絶対である。その他の人には、特に反対者に対しては、傲慢になる。もってはいけない種類の「自信」をもっている。
本質的には、人がよくて、謙虚で、人情家であるが、それは、方向が違うと、そのこと自体が、具合が悪いのである。
最初のスタートが違っているのである。自分に立ち返り、自分の本当の判断力を磨いて欲しいのである。悩み苦しみぬいて、安易な道ではなく、ほんとうに自分自身の判断力を磨いて欲しい。誰かのいうとおりにするというのは、まことに簡単で、これは自分の判断とは、いえないのである。