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精力的な創作活動を続ける民衆芸術家 洪性譚 = 韓国80年代民主化運動と版画の親和性 =(3)

2011-10-15 23:58:05 | 韓国の芸術
 孔枝泳「まじめな男」を読んで 韓国80年代民主化運動と版画の親和性(1)

 民衆版画の先駆者 呉潤(オ・ユン) 韓国80年代民主化運動と版画の親和性(2)に続く第3弾。一応最終回です。
[11月17日]の付記
 「一応」最終回と書きましたが、11月17日<民衆芸術家・金鳳駿の個人展 明日から>という記事をこのシリーズ第4弾としてupしました。

 光州の金大中コンベンション・センターから道を隔てて5.18自由公園があり、そこに光州民主化抗争の資料等が展示されている自由館があります。その展示室に入ってすぐ正面に、洪成潭(홍성담.ホン・ソンダム)の大きな版画作品が掲げられていました。

     
              【「行こう! 道庁へ!」】

 思いがけない出会いでしたが、ある意味では当然の出会いだったとも言えます。

 1955年全羅南道新安郡に生まれた洪成潭は、1979年に光州の朝鮮大学校美術科を卒業しました。
 80年の光州民主化抗争に際しては光州市民軍の文化宣伝隊として活躍し、抗争が鎮圧された後は光州抗争・5月版画と題する一連の作品によって光州の人々の闘う姿や弾圧の惨劇を世に伝えました。
 先の記事で記したように民衆的な版画の創作活動は70年代にも呉潤が、そして80年代初期からは洪成潭や李守(イ・チョルス)によっても続けられてきました。
 しかし、80年代の民衆版画運動の大きな画期となったのは1982年末刊行の洪成潭の版画集だったということです。
 先の記事で紹介した韓国民衆版画集」(1987年)所収の崔烈「解放の力としての版画」には次のように記されています。

 1982年12月に『暦』という形で出版された洪性譚版画集は、・・・以後展開されることになる版画運動の端緒となった。それは、非常に墨が濃く、周縁で疎外されている生を震えているような線で描写したもので、陰鬱で厳粛な哀しみを表した作品に満ち、当時としては感動的なものであった。生産の現場で生きる人々や、民衆を志向する知識人たちが熱心に『暦』を買い求めた。それは版画の威力を証明したと言うよりは、版画が備えている民衆的な可能性が、共に呼吸し始めたということであり、版画が美術運動の前衛を担うことができるという具体的な兆しであったと捉えることができる。

 1983~86年、洪成潭は光州で市民美術学校を開きます。受講生が能動的に参与することを期して、版画製作以外に民衆劇遊びなども織り込んだ洪成潭自身の報告も「韓国民衆版画集」に掲載されています。
 1989年、彼は自らが共同議長をつとめた民族民衆美術運動全国連合の仲間たちと大型の掛け絵(コルゲ・クリム)「民族解放運動史」を共同制作してその全国巡回展を展開します。しかし同年7月、その「民族解放運動史」の写真を平壌での世界青年学生祝典に送ったという理由で、国家保安法によって逮捕・投獄されます。

 2007~8年日本各地(5ヵ所)で開かれた「民衆の鼓動 韓国美術のリアリズム 1945-2005」展は、80年代を中心に韓国戦後の民衆美術を通観する美術展でした。その詳しい紹介記事によると、洪成潭は南山の安企部地下取調室で水槽に頭を突っ込まれて肺胞に水があふれ、胸がひき裂かれるような苦痛と窒息で意識を失うという拷問を受けたそうです。(そのため肺結核を病んでしまった。) 「現世と冥界の狭間で垣間見たものは、青い故郷の海であった」という実体験を基に、1996年彼は「浴槽――母さん、故郷の青い海が見えます」と題した絵を描いています。

※<My Green Tree is so beautiful>というブログ(韓国語)中に「民衆の鼓動」展を鑑賞したという記事があり、そこで上記「浴槽」の画像を見ることができます。ぜひ見てみて!(このブログのバックに流れている歌は韓国民衆音楽の先駆者・鄭泰春(チョン・テチュン)の「건너간다(コンノカンダ.渡り行く)」です。ぜひ聴いてみて!)
 (この作品は収蔵しているソウル市立美術館のサイトにもあります。)

※「民衆の鼓動」展の図録は西宮市大谷記念美術館府中市美術館のショップで今も販売されています。

 1991年、国際人権団体アムネスティは<世界の苦難を受ける良心の囚人3人>の1人して彼を選定する等、国際的な支援も受けて彼は92年に全州矯導所(刑務所)を出所します。

 80年代の民主化運動を担った有名・無名の人々がその後20余年の間に辿った足跡はさまざまで、「体制側」に転じた人も多くいます。
 しかし洪成潭の強い民族主義に裏打ちされた反権力の姿勢は健在で、2009年の「ハンギョレ」には、「光州ビエンナーレは5月の精神に立ち戻ることだ」等々彼の発言を載せています。
 その記事中にも記されているように、最近彼が取り組んだテーマのひとつが靖国問題です。
 「中央日報」の記事によると、彼は「靖国神社を20回以上訪れたほか、日本全域に散らばる神社60ヵ所を踏査した後、「靖国」作品を描き始めた」とのことです。すでに2007年11月東京のギャラリーマキでその<洪成潭展「靖国の迷妄」>が開かれています。

 
      【「夜想曲 靖国」 -「国の迷妄」より。メッセージ性の強い絵画です。】

※ある韓国サイト中で、<靖国の迷妄展>の詳しい紹介記事があり、そこにも上の作品以外の強烈な作品が載せられています。

 そして今年も5月に洪成潭代表作「光州民衆抗争・5月連作版画」が東京(ブレヒトの芝居小屋)で開かれる予定だったのですが、3.11地震の影響で2012年(1〜3月頃)に延期されました。詳細は→コチラ。洪成潭さん自身が来場して詩の朗読などをするということだそうです。

 ここで最初に戻って、孔枝泳の小説「진지한 남자(まじめな男)」について。
 私ヌルボ、この小説の主人公である「まじめな版画家」のモデルが誰かいるのか韓国サイトを探ってみました。結局はよくわからず。しかし、孔枝泳と洪成潭は2008年12月の「外国人労働者への差別禁止」を求める各界著名人の声明に名を連ねる等々接点は多いようで、どのくらいかはわからないまでも、孔枝泳さんは彼のことをある程度は念頭においてこの小説を書いたことは推察されます。
 ただ、上述のように洪成潭さんは権力による弾圧には遭いましたが、評論家や新聞の評、あるいは世の風評に翻弄されることがあったかどうかについてはよくわかりませんでした。

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2 コメント

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韓国民衆美術家の個展とワークショップ (一粒のたね)
2011-11-06 15:48:04
こんなイベントがあります。韓国民衆美術にご興味があれば。。。

(転送歓迎)

==============================
一粒のたねワークショップ 11/20(日)
金鳳駿(キム・ボンジュン)と共にプッ・クリム(筆絵)
~筆で絵をかき、詩をつづり、そして韓国ごはん!

先着20名 お早めに!
==============================
韓国「民衆美術」の先駆者・金鳳駿(キム・ボンジュン)さん。東京・茅場町で開催される個展「希望の種~古くて新しい未来へ向けて」(11/18-12/3詳細は下記)にあわせて来日されるキム・ボンジュンさんの関連企画をすることになりました。

*ワークショップでは、金鳳駿さんが最近作などについて説明後、参加者の顔と会話を書き入れた似顔絵や、参加者の要望にあわせた絵と言葉を盛り込んだ詩書画などを筆により即興で完成させて各々にプレゼント。すぐ持ち帰り、お部屋に飾れます!また金鳳駿さんの指導のもと、希望者は筆で韓紙に自由に描けます。その後、ユッケジャンやチヂミ、マッコリなど韓国料理と共に歓談タイム!韓国の伝統芸術と現代が融合し、食と人が出あうひと時をお楽しみください!


日時:11月20日(日)15:00~19:30(開場14:30)
会場:ヨガ・カフェ・スペース<一粒のたね>
参加費:3,000円(お話とWSで1,000円+食事2,000円/ドリンク別)
共催:一粒のたね+古川美佳 
問合せ・申込み:一粒のたね
メールか電話・FAXで。お名前・住所・メルアド・電話番号明記。 
info@tanecafe.com
TEL/FAX 03-6320-4106
http://www.tanecafe.com

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金鳳駿(キム・ボンジュン/Kim Bong Jun)展
「希望の種―古くて新しい未来へ向けて」
会期:11月18日(金)―12月3日(土)
開廊:12時~19時  休廊:日・月・祝日 入館無料
GALLERY MAKI(日比谷線・東西線 茅場町駅 3番出口下車、隅田川方向へ徒歩7分)  
http://gallery-maki.com/
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1980年代、韓国の民主化運動と呼応して生まれた「民衆美術」の先駆者・金鳳駿(キム・ボンジュン)さん。仮面劇や民俗ノリ(遊び)、木版画や大型絵画などの表現で社会と芸術をつなげる役割をはたしました。そして、いま、東アジアの伝統や神話の世界に根をさぐり、新たな作品をもって日本にやってきます。どこかなつかしく、どこか新しい、そんな表現は、先行き不安なこの地に<希望の種>を運んでくれるでしょう。

●11/22(火)18:30-20:30 ギャラリートーク「東アジアの伝統と挑戦」~「3・11」以後、「苦」の原因をみつめ、伝統の創造的解釈を未来へ~
金鳳駿(キム・ボンジュン/美術家)×阿満利麿(あまとしまろ/宗教学者)
会場:GALLERY MAKI  個展会場
主催:GALLERY MAKI  参加費無料

ほかにも関連イベントあり。詳しくは、http://www.tanecafe.com/archives/267.htmlでチラシをクリック!
返信する
ありがとうございます。 (ヌルボ)
2011-11-07 01:52:40
リンク先で金鳳駿さんの作品等拝見しました。とても興味深い催しです。お知らせいただき、ありがとうございます。

近日中に記事にして、微力ながら情報を流します。

※主催団体のKAJAのサイトもなかなかおもしろそうですね。
返信する

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